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理事長室からの花だより

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理事長室からの花だより

2016.04.28

vol.363  − 悩 (なやめる) −

信夫の里の郊外、足元には菜の花の黄、雪柳の白、視線の先には梨の花が棚に雪が舞い落ちている様(よう)に咲いています。その間には枝を延ばした林檎(リンゴ)が、薄紅を交えた白い花を咲かせています。
広大な果樹畑のうねり、雲海のような曲線を呈しています。

         柳色 黄金のごとく嫩(やわ)らかに
         梨花 白雪のごとく香(かんば)し
                               李白

         梨花は淡泊 柳は深青
         柳絮(りゅうじょ) 飛ぶとき 花 城に満つ
                                   蘇軾(そしょく)

梨の白さは、古来、雪にたとえられ、柳の葉の緑と対比されて詩に歌われてきました。

街を流れる阿武隈川、川岸に牧水の歌碑があります。

         つばくらめ ちゝと飛びかひ
         阿武隈の岸の桃のはな 今さかりなり
                                若山牧水

生活の為でしょう、各地の行脚(あんぎゃ)で、ここ福島の地で詠んだ歌です(大正5年(1916年)4月)。
信夫の里は、今真(いままさ)に、歌そのものの風景です。

文学界での評価は必ずしも高くない牧水です。しかし、恐らく、最も歌碑の多い歌人です。
明々なる調べ、開放的な抒情、甘美な詠嘆(えいたん)、若者を魅了する由縁(ゆえん)です。

室内には都忘れ(ミヤコワスレ)、心慰めてくれる、少し儚(はかな)げな姿です。

         旅せんか都忘れの咲く頃を
                          前沢落葉女(まえさわ・らくようじょ)

この季節の旅、己には所詮叶わぬ憧れです。

友に誘われ、山奥の湯の里に足を運びました。ブナ林の中、落葉でふかふかした小径(こみち)、崖下から届いてくる瀬音を背に自らが作り出している柔らかな足音を聞いていると、波立っている心が落ち着きます。

二十四節気の穀雨(こくう)、風を追って、いつの間にか、雨が夜の闇を覆います。
雨は万物を潤(うるお)して、雨音は静かさを増してくれます。

当て所(あてど)なく考えあぐね、床に入る時間が暁方(あかつきがた)になってしまうことがしばしばです。
そんな時、心を鎮めてくれるのが古いモノが持つ“用の美”です。
そこに人間(ヒト)が時間を掛けて愛(め)でてきた温もりを感じるからです。

根来(ねごろ)の大盆、紫禁城(しきんじょう)の太和殿(たいわでん)の屋根を覆っていた装飾瓦、薬師寺東塔の瓦当(がとう)、李朝の白磁大壺、そして高麗青磁(こうらいせいじ)の徳利です。

何をもって根来と言うのかに就(つ)いては、難しいようです。
勿論、己が手許(てもと)に置いている根来は、東大寺の布薩盥(ふさつたらい・国重文)や川端康成や松永安左衞門が持っていた平盆のような使い込まれた美はありません。

薬師寺東塔の瓦当、先々代の御住職から戴いたという伝聞があるだけで、どの位古いのかは分かりません。
         (vol.143 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=176
紫禁城を飾っていた黄色と緑色の装飾瓦に載っていた神獣像、修理の際に差し替えられ、当時の政府高官から贈られたと伝えられています。簡にして、重厚な造りと塗りです。

李朝の白磁の大壺は、弟子達からの贈り物です。高名な作家が遺愛していた品です。
高麗青磁の徳利は小振りで、上品な青磁に白鶴が飛んでいる図柄です。
何代にも渡り使われ続けてきただけに底光りするような照りを有しています。

只、何(いず)れの品も、元々は何らかの目的を持って作られました。
そして今日、美の対象となって現代を生きる我々に伝えられています。
素朴な形や色が醸(かも)しだす美しさは、今風です。現代の品と言われても違和感がありません。
使い込まれて顕(あらわ)れる美しさは、人間(ヒト)に優しく寄り添い、心惹かれます。

仕事先で飛び込む美術館には、ひっそりと佇(たたず)んでいる“品”、ハッとさせられるような美しさを見い出すことがあります。

美しさは、あるのではなく、一人ひとりが見い出すものです。

今週の花材は、両室とも、色取りが穏やかな涼やかさを醸し出しています。


(福島県立医科大学理事長  菊地臣一)



※次回は5月13日(金)掲載予定です。

今週の花


【理事長室】
■ファレノプシス ラン科/《名前の由来》ギリシャ語の蛾“phalaina”
と似る“opsis”から。花姿が蛾に似ることに由来/日本では花姿が蝶
に似ることから「胡蝶蘭」(コチョウラン)の名で知られる。 贈答用の高
級花として人気。
■アンスリュウム〔みどり〕   サトイモ科/常緑多年草/《名前の由
来》ギリシャ語の花“anthos”と尾“oura”に由来。花序がしっぽのよう
に見えることから/光沢があり造花と見間違うような花。花弁のように
見える団扇状の部分は苞で、棒状の部分が花序。
■ドラセナ〔グリムイエロー〕   リュウゼツラン科/日本で流通する観
葉植物の代表種。 「グリムイエロー」はタニワタリやハランのような大
型の一枚葉。緑色の葉の中心にストライプの黄斑が入る。
※拡大写真
http://www.fmu.ac.jp/univ/hana/3631.jpg

【秘書室】
■モルセラ   シソ科/一年草/《名前の由来》原産地と間違えられた
モルッカ諸島の名から(実際の原産地はシリア)/花期は春で大きな緑
色のガクの中に白っぽい花が咲く。花自体に鑑賞価値はなく、葉物とし
て流通。爽やかなライトグリーンと独特の茎のラインが魅力。ミントのよ
うな芳香がある。
■デルフィニュウム〔ベラドンナ、トリック〕   キンポウゲ科/多年草/
長い花穂に多数の小花を咲かせる豪華な花姿が特徴。花色はブルー
系を中心に、白やピンクもある。「ベラドンナ」は細い茎に一重の花をま
ばらにつけ、良く分岐する品種。 「トリック」は落ち着きのある風合いの
花色。
■トルコギキョウ〔グラナスライトピンク〕   リンドウ科/多年草/アメ
リカ原産で当初は紫の一重咲のみ。 1970年代以降に多彩な花色や
花形が楽しめるようになる。現在出回っている大半の品種が日本産。
「グラナスライトピンク」は花弁にフリンジの入る淡いピンクの中大輪八
重咲。
※拡大写真
http://www.fmu.ac.jp/univ/hana/3632.jpg

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