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理事長室からの花だより

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理事長室からの花だより

2015.10.16

vol.336  − 静 (しずめる) −

天地有情(てんちうじょう)、山河は一幅(いっぷく)の絵と化し、自然が芸術家のようです。
人間(ヒト)は、この景色をみて己の来し方(きしかた)を振り返り、行く末(ゆくすえ)を思います。

朝晩は肌寒く、信夫の里は時雨(しぐれ)に見舞われました。虹が信夫の里を跨(また)いで、下界を見下ろしています。晩秋です。
構内の紅葉も、例年通り、寂しさを伴った華やぎをみせてくれています。通りすがり、ガラス越しに、一時(いっとき)、鑑賞者になります。

この時季は、食の季節でもあります。
新蕎麦(しんそば)の便りが届きます。山の幸では、柿、栗、葡萄(ブドウ)、海の幸では秋刀魚(サンマ)、自然の恵みです。昔の患者さんや知人から届くと、暫(しば)し、思い出に浸ります。

老生の子供の頃、柿や栗は貴重な甘味でした。
それらを手にする時、味と共に懐(なつ)かしさが甦ってきます。
佐藤春夫の「秋刀魚の歌」で昔を思い出します。
夕暮れ時、路地のあちこちで、七輪で秋刀魚を焼く煙と匂いが漂っていました。

同じような懐かしさを甦らせてくれるのが“野の仏”です。“野の仏”を脳裡(のうり)に浮かべると心が凪(な)いできます。
福島は、大分県と並んで、磨崖仏(まがいぶつ)が多い県です。

ここ信夫の里にも、陽泉寺(ようせんじ)の来迎三尊石仏(らいごうさんぞんせきぶつ)、岩谷(いわや)観音の磨崖仏、黒岩虚空蔵尊(くろいわこくぞうそん)の羅漢(らかん)像があります。
地元より他所(よそ)の人々のほうが良く知っています。
“野仏巡り”と信夫の里を舞台とした古今集や伊勢物語、そして芭蕉といった“歌巡り”を組み合わせて、“信夫の里への旅”を全国に呼び掛けると、喜ばれます。

石仏は、今、鑑賞の対象として人気を集めています。
元々はそこに住む人々の信仰の対象で、暮らしと共にありました。死者の供養です。
作者は、恐らく、プロの仏師ではなく、山伏や放浪の聖(ひじり)、例えば円空、木喰(もくじき)のような人々によって、何年、場合によっては何十年も掛けて彫られた筈(はず)です。

石仏巡り、当尾(とおの)の里、信州は松本平(まつもとだいら)、大分は国東(くにさき)の臼杵(うすき)が心に残っています。
京都と臼杵は何度も訪れました。

浄瑠璃寺(じょうるりじ)と岩船寺(がんせんじ)の間にある野仏巡りは、のんびり歩くには丁度の距離です。
藪の中(やぶのなか)地蔵磨崖仏、“微笑(ほほえみ)の石仏”として人気の高い岩船三体阿弥陀磨崖仏、石室不動明王など、多彩な石仏が道端や境内に佇んでいます。
         (vol.14 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=29
         (vol.25 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=42
         (vol.236 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=273

臼杵の石仏群は、彫りが深く、プロの手によるものと思われます。
         (vol.47 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=72
         (vol.310 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=349
石仏群の白眉(はくび)は、大日如来(だいにちにょらい)像です。何物にも動じない、心の裡(うち)まで静まり返った、おだやかな顔、簡潔な造形、昔、レプリカを買ってしまいました。

地方の野仏には、都では決してみられない、当時のそこに住んでいた民衆の切なる思いが込められています。宗教的な来世や極楽を願う気持ちが作る切っ掛けでしょう。
それよりもっと大きいのは、人々が力を合わせて作るという営み、そこから生まれる連帯感です。
そして、自分達の理想とする人間の姿をそこにみたいという願いだったのではないでしょうか。

野仏が持つ優しさ、それは人間の持つ優しさの理想形です。その感覚は、映画でも感じ取れます。
映画「おみおくりの作法」をみて、この歌詞が脳裡を過(よぎ)りました。
「生きる」とは何かを我々に静かに問い掛けています。階層や職業といった壁や枠を越えた、人間なら誰でもが心の奥底に持っている大切なモノが確かに存在していることを訴えています。
芸術は、民族や国境を越えて分かり合える、心の荒波を鎮めてくれる清涼剤です。

「人生は川、人の心は小舟」(「ノー・フロンティアーズ」)。
心の赴(おもむ)くまま、逆らわずに生きていけば良いのだと思います。

今週の花材は、晩秋です。


(福島県立医科大学理事長  菊地臣一)



今週の花


【理事長室】
■スモークツリー〔ロイヤルパープル〕   ウルシ科
/落葉高木/《名前の由来》煙がモクモクしているよ
うな花姿から/花が散ったあとに花柄が長く伸びてモ
クモクした花穂を付ける。「ロイヤルパープル」は赤紫
の葉色が綺麗な園芸品種。
■リンドウ   リンドウ科/多年草/《名前の由来》
根が薬になり、竜の胆のように苦いことから“竜胆”
(りんどう)。秋の代表花で世界に約400種。青紫色
系の花色を中心に、ピンクや白、緑、複色などもある。
■秋色アジサイ   ユキノシタ科/落葉低木/《名
前の由来》最盛期を過ぎて花色がアンティークカラー
に変化した西洋紫陽花(アジサイ)の流通名。西洋ア
ジサイは日本原産のアジサイに比べ、花が大きく華
やかなものが多い。ドライフラワーにも適し、リースな
どによく利用される。
■ドウダンツツジ   ツツジ科/落葉低木/新緑・花
期・紅葉と一年を通して楽しめる樹木。4〜5月頃にス
ズランのような小さな白い花が咲く。他に赤色の花が
咲く「ベニバナドウダン」、白地に赤の縞模様の「更紗
(サラサ)ドウダン」もある。
■ダリア〔雪泉(ゆきいずみ)〕    キク科/多年草
/《名前の由来》スウェーデンの植物学者ダールの名
から/世界で3万種以上もあり、大きさや咲き方など
様々。「雪泉」は真っ白のデコラティブ咲き品種。
※拡大写真
http://www.fmu.ac.jp/univ/hana/3361.jpg

【秘書室】
■グズマニア〔トーチ〕   パイナップル科/常緑多年草/非常に
長く楽しめるパイナップルに似た鮮やかな花。花のように見える苞を
鑑賞し、花自体は目立たず苞の間に咲く。「トーチ」はまさにタイマツ
のような配色の小ぶりな品種。
■オンシジュウム〔ハニーエンジェル〕   ラン科/蝶が無数に舞
い飛んでいるような花姿。約400種が熱帯亜熱帯地域に分布する
蘭。「ハニーエンジェル」は花弁に斑の入らない綺麗な花色。
■ポリシャス   ウコギ科/常緑低高木/アジア・アフリカ・オース
トラリア等の熱帯に自生。品種により葉形や葉色が異なる。刈込に
強く熱帯地域では垣根にも利用される。
■ケイトウ   ヒユ科/一年草/《名前の由来》花序がニワトリの
鶏冠に似ていることから“鶏頭”(けいとう)。今回は花序が扇状の
「ボンベイケイトウ」を使用。他に「ウモウケイトウ」や「久留米ケイト
ウ」「紐ケイトウ」などもある。
※拡大写真
http://www.fmu.ac.jp/univ/hana/3362.jpg

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