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理事長室からの花だより

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理事長室からの花だより

2013.11.29

vol.247  − 諦 (あきらめる ) −

晩秋の柔らかで、少し弱々しい日差しは、人間(ヒト)の心を和ませてくれます。
朝まだき、昼下がり、差し込む光で廊下が鈍色(にびいろ)に照らされています。毎日、丹精込めて丁寧に磨いて下さっている方々のお蔭です。感謝…。

節電中で薄暗い廊下、床に反射している薄日の輝き、そこを歩む時、仕事で波立っている心を鎮めてくれます。

毎日が旅をしているような日々、夜半の月の美しさが、疲れた身を労(いたわ)ってくれます。

         夜(よ)を逐(お)うて光多し
         呉苑(ごえん)の月
         朝(あした)ごとに声少し
         漢林(かんりん)の風
                        後中書王(のちのちゅうしょおう)

夜毎、冴え渡っている月の光が、葉を落とした樹木を黒々と浮かび上がらせています。
葉を落とした木々の枝が姿を露わにし、梢(こずえ)を渡る風の音もあまり聞こえなくなっています。

ある雑誌の表紙に目が釘付けになりました。デジャビュ(既視感)、どこかで視た街の佇まいです。
その写真が何処なのか、何故か確かめるのを躊躇(ためら)っているうちに、日々が過ぎていきました。

夕暮れ時、天井のように、小さく、顔を見せている空、青色が薄く残っています。長い時を刻んできたであろう石造りの建物が天空の縁取りをしています。細い石畳の路地、ガス灯のような街路灯、店先の灯り、一瞬の光景が、一枚に写し取られて、息衝(いきづ)いています。

嘗(かつ)て訪れたケベックシティ(カナダ)、旧市街地にあったクレープ店の小路(こみち)ではと思っていたのです。決心して、本を手に取りました。見返しの説明をみました。違っていました…。

記憶の奥底に眠っていた海外での修業時代の心細さや迷い、将来像を描き切れないでいた不安、漸(ようや)く辿り着いた店、店内の雰囲気、味や香り、一気に蘇りました。

昔の記憶とそれに伴う感情が、突然、湧き出したのは、若い時分を懐かしんだからではありません。後悔ではなく、同じ経験は二度とできない、という嘆惜(たんせき)からです。
人間(ヒト)は、こうして幾つもの断念を積み重ねて歳を取っていきます。人生は、この絶えざる嘆惜のうちに過ぎてゆきます。

回想から始まる小説があります。歴史も同様です。読者は結末を知っています。
読者からみると、主人公に筆者や歴史は残酷だと思うことがあります。既に過ぎ去ってしまった時が、小説や歴史のなかでは輝いています。
そこには、二度と戻れない、変えることができないからこそ美しい“過去”が描かれているからです。

歳を取ると諦めなければならないコトは他にもあります。好奇心、新たな技術や知識の獲得、情熱を持ち続けること、意志はあっても叶いません。歳を取るということは、冷徹に言えば、挑戦できなくなります。
“何かを得るには何かを失わなければならない”は、ここでも真実です。

隣の2棟の借家、取り壊されました。今や更地です。四季折々楽しませてくれていた軒先の紫陽花(アジサイ)や八手(ヤツデ)、根こそぎ取り払われてしまっていました。
自分では移動できない植物、逃げたかったろうに…。こんな思い入れは、蛇に向かって「友達はいるのか」と聞くようなものですが…。

考えてみれば人間の一生も、1度きりの四季です。
月日は、人間(ヒト)を確実に変えていきます。元には戻れません。「世の中には、いつまでも変わらずに続くものなどない」は真実です。気が付けば、すべてが茫洋(ぼうよう)として、朝霧や夕闇の彼方に消えてゆきます。

今週の花材は、執務室、秘書室ともに、色彩の乏しくなるこの時季、豊かな彩りが心を豊かにしてくれます。


(福島県立医科大学理事長  菊地臣一)



今週の花


【理事長室】
■ウメモドキ〔大納言〕   モチノキ科/落葉
低木/《名前の由来》葉の形が梅に似ている
ことから/6月頃に薄紫の小花を咲かせ、9〜
10月に赤い実をつける。花自体はあまり目立
たず、主に実を鑑賞する樹木。
■ケイトウ〔ボンベイケイトウ〕   ヒユ科/一
年草/花期は6〜9月で、赤やピンク、オレン
ジなどの花穂をつける。「ボンベイ」は花穂が
扇形になる品種。
■アンスリュウム〔みどり〕   サトイモ科/
常緑多年草/ろう細工で出来ているような造
花と見間違いそうな南国の花。花弁のように
見える部分は苞で、棒状の部分が花。
■モンステラ   サトイモ科/蔓性植物/成
長するにつれ、葉に切れ込みや穴が開く。独
特の葉姿が面白く、インテリアクリーンとしても
人気。ハワイアンキルト等のモチーフにもなる
熱帯植物。
■ドラセナ〔コーディラインカプチーノ〕   リュ
ウゼツラン科/日本で流通する観葉植物の代
表種。「カプチーノ」は赤黒の葉の縁に白色が
入る品種。
※拡大写真
http://www.fmu.ac.jp/univ/hana/2471.jpg

【秘書室】
■雲竜柳〔晒〕   ヤナギ科/落葉高木/《名前の由来》
竜が昇っていくような曲線を描くことから/日本でも広く栽
培され、庭木や生け花に利用。今回は晒したものを使用。
■アンスリュウム (理事長室と同花材)
・緑「みどり」
・ピンク緑「マキシマエレガンス」
・薄ピンク「ファンタジア」
■カスミソウ〔ホワイトベール〕   ナデシコ科/多年草/
明治時代に渡来し、昭和50年頃から日本で栽培されるよ
うになる。細く枝分かれし、無数の白い小花が咲く。花束
等の添え花として根強い人気がある。
■ピンポン菊   キク科/多年草/真ん丸に咲く可愛い
菊。仏事祝事問わず利用できる人気の菊。
・白「スーパー」
・紫「ロリポップパープル」
・ピンク「ロリポップ」
※拡大写真
http://www.fmu.ac.jp/univ/hana/2472.jpg

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