1)肺高血圧症について
 肺高血圧症は他の一般的な病気に比べて患者さんの数が非常に少なく、10年余り前までは有効な治療法がありませんでした。そのため診断するのが難しく、また、正しく診断されても治癒が見込めない死亡率の高い難病の一つでした。
 しかし、1999年にプロスタサイクリンの持続注入療法が承認されてから、生存率が飛躍的に改善しています。近年は内服薬を含めて複数の薬が次々に登場しており、肺高血圧症を取り巻く環境は大きく変化しつつあります。一方でそういった新しい治療法は極めて専門性が高く、取り扱いも簡単ではないため、高い専門知識を持った医療スタッフのもとで治療を受けることがこの病気の患者さんにとってとても大切です。


2)肺高血圧症の診断
 文字通り肺動脈の血圧が高いことがこの病気の特徴ですが、肺高血圧症は世界保健機関(WHO)により平均肺動脈圧が25 mmHg以上と定義されています。ちなみに正常の平均肺動脈圧は20 mmHg未満です。これは通常「血圧」と呼ばれている体血圧の5分の1程度です。体血圧が腕などに巻く血圧計で簡単に測定できるのに対して、肺動脈は胸の中にしかないため、正確にその血圧を測定するにはカテーテル検査をする必要があります。しかし、カテーテルによる圧測定は外来で簡単にはできないため、心臓超音波(心エコー)を使った肺動脈圧の推定がしばしば行われます。症状や聴診所見で肺高血圧症を疑えば、身体所見や胸部レントゲン写真等で鑑別を行いながら心エコー検査を行い、右心負荷所見や推定肺動脈圧の上昇が認められれば、カテーテルによる直接の圧測定検査に進みます。
 また、有効な治療法がなかった時代に比べて、治療法が開発されてきた現在では、肺高血圧症の原因が何であるのかを正確に診断することが患者さんの予後を改善する上では非常に大切になってきました。正確に診断するためには肺動脈圧の測定だけではなく、その背景にある疾患を探らなければならないため、必要に応じて血液検査、CTやMRI、各種超音波検査、シンチグラフィー検査、血管造影検査などを適切に組み合わせて診断を行います。


3)肺高血圧症の分類
 肺高血圧症はその主たる病因によって大きく4つに分類されます。特殊な疾患に続発するものや分類不能なものをあわせてWHOでは肺高血圧症を5つに分類しています。

 かねてから難病としてしられる特発性肺動脈高血圧症(旧原発性肺高血圧症・PPH)は第1群の肺動脈性肺高血圧症に分類されます。このほか第1群には膠原病に併発するものやアイゼンメンジャー症候群に代表される先天性シャント疾患による肺高血圧症も含まれます。
 第2群は左心系の疾患に続発するもので、患者さんの数としてはこのグループが一番多いのですが、治療は左心系疾患(心筋梗塞、弁膜症、心筋症など)の治療が優先されます。
 第3群は呼吸器疾患に合併するもので、これも治療の主体は肺や気道など呼吸器疾患となります。
 第4群は慢性の肺動脈血栓による肺高血圧症で、慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH: chronic thromboembolic pulmonary hypertension)と呼ばれています。肺動脈の根元に近い部分から血栓がみられる“中枢型”の場合には外科的に血栓を摘除する手術療法が有効ですが、肺動脈の根元には血栓が少なく末梢が多数の器質化血栓で閉塞している“末梢型”に対する有効な治療法はこれまでありませんでした。近年、それに対して風船カテーテルで治療を行うバルーン肺動脈形成術が普及しつつあり、それにより症状が劇的に改善する患者さんがいます。
 このように肺高血圧症は平均肺動脈圧が25 mmHg以上というシンプルな診断基準ですが、その原因は多岐にわたっており、各分野で治療法が開発・模索されている現在では、正しく診断することが有効な治療につながります。


4)肺高血圧症の症状
 肺高血圧症に特異的な症状は実はありません。体動時の息切れや浮腫(右心不全)が代表的ですが、めまいを感じたり突然失神したりすることもあります。肺の血管系は非常に余力があるため、かなり重症にならないとそれらの症状がはっきりしません。このため、なかなか診断がつかず、また診断がついたときには非常に重症化していることが多いのが現実です。診断の第一歩は「疑うこと」といわれており、理由のはっきりしない労作時の息切れや失神の原因として肺高血圧症を念頭におく必要があります。


5)特発性・家族性肺動脈高血圧症に対する治療
 かつては有効な治療法が全くなかったこの疾患も、現在では図のように治療薬が複数使用可能になってきました。

 内服薬を希望する患者さんが多いのですが、重症例については注射薬の適切な使用が、命のためには必須となります。症状の改善だけではなく、血行動態(肺動脈圧や心拍出量)をモニターしながら薬剤の調整を行います。注射薬剤の用量調節や経口薬との併用療法については、専門的な知識と経験が必要です。
 当科では1999年にエポプロステノールが承認された直後から積極的に肺高血圧症の治療に取り組んでおり、その後の経口薬との組み合わせにおいても着実な治療経験を積んでいます。また、新薬(NS-304、MD-0701、ACT-064992)の全国治験施設にも選ばれており、この分野の治療法開発にも貢献しています。


6)慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)に対する治療
 前述したように中枢型CTEPHに対しては開胸して外科的に血栓と内膜を切除するpulmonary endarterectomy(PEA)が適応となり、経験を積んだ施設で手術を受ければ有効性の高い治療法ですが、末梢型CTEPHに対してはこれまで有効な治療法がありませんでした。



 近年、手術不適応例のCTEPHに対してバルーン肺動脈形成術(balloon pulmonary angioplasty:BPA)が日本において普及しつつあり、この治療を上手に行うと患者さんの病状が劇的に改善します。







 当科では東日本大震災のあった2011年からBPAを導入しています。肺高血圧症の診療と心血管カテーテル治療の両方に豊富な経験をもつ医師が治療を担当しております。また、2014年にはリオシグアト(アデムパス®)という内服薬がこの疾患に対しては初めて保険適応となり、今後は薬物とカテーテルによる治療を選択あるいは組み合わせて個々人の病状にあわせた最適な治療法を模索する時代になりました。血栓による肺高血圧症も肺動脈圧が高いほど予後(生存率)が悪いことが知られており、早期の正確な診断と適切な治療が非常に大切です。


7)おわりに
 肺高血圧症の診療を取り巻く環境は近年大きく変化しています。ほんの少し前までは有効な治療法が何もなく、医療従事者としては無力感に苛まれる日々でしたが、現在では複数の治療薬を手にすることが出来るようになりました。
 しかし、まだ根治することは難しく、治療法についても発展途上の部分が多くあります。そのような中で当科では肺高血圧症患者さんに対する診療は常に「先進的な」ものを提供できるように、日々心がけております。また、2015年4月より肺高血圧専門外来が開設されました。
 今後は福島県内の医療機関と連携しながら、正確な診断と有効な治療の継続を目指していきたいと考えています。


文責:杉本浩一