肺高血圧症

1)肺高血圧症について

 肺高血圧症は患者数が少ない希少疾患であり、かつては有効な治療法が乏しく、診断や治療が困難で死亡率の高い疾患でした。しかし、1999年にプロスタサイクリンの持続注入療法が承認されてから、生存率が飛躍的に改善しています。近年は内服薬を含めて複数の薬剤が使用可能となっており、肺高血圧症診療を取り巻く環境は大きく変化しています。
 一方でそういった治療法は極めて専門性が高く、取り扱いも簡単ではないため、高い専門知識を持った医療スタッフのもとで治療を受けることが、この病気の患者さんにとってとても大切です。当科では専門的な診断・治療体制を整え、肺高血圧症診療に積極的に取り組んでいます。

2)肺高血圧症の診断

 文字通り肺動脈の血圧が高いことがこの病気の特徴ですが、それを測ることは簡単ではありません。通常「血圧」と呼ばれている体血圧が腕などに巻く血圧計で簡単に測定できるのに対して、肺動脈は胸の中にしかないため、正確にその血圧を測定するには心臓カテーテル検査をする必要があります。肺高血圧症は長らく平均肺動脈圧が25 mmHg以上と定義されていましたが、近年、世界的にこの定義を20 mmHg以上に引き下げる動きがあり、日本においても2025年に発表されたガイドライン(2025年3月発行日本循環器学会 / 日本肺高血圧・肺循環学会合同ガイドライン)からこの基準に改定されました。
 カテーテルによる圧測定は外来で簡単にはできないため、心臓超音波(心エコー)を使った肺動脈圧の推定がしばしば行われます。症状や聴診所見から肺高血圧症を疑った場合、まず心エコー検査を行います。その結果、右心負荷所見や推定肺動脈圧の上昇が認められれば、カテーテル検査による直接測定へ進みます。そして、肺血管抵抗(PVR)なども含めて総合的に評価し、診断を行います。また、有効な治療法がなかった時代に比べて、治療法が開発されてきた現在では、肺高血圧症の原因が何であるのかを正確に診断することが患者さんの予後を改善する上では非常に大切になってきました。正確に診断するためには肺動脈圧の測定だけではなく、その背景にある疾患を探らなければならないため、必要に応じて血液検査、CTやMRI、各種超音波検査、シンチグラフィー検査、血管造影検査などを適切に組み合わせて診断を行います。

3)肺高血圧症の分類

 肺高血圧症はその主たる病因によって大きく5つに分類されます。特殊な疾患に続発するものや分類不能なものをあわせて世界標準の分類では肺高血圧症を5つに分類しています。

肺高血圧症の分類を示す表で、WHOによる定義と主な病因が記載されています。

 かねてから難病として知られる特発性肺動脈高血圧症(旧原発性肺高血圧症・PPH)は第1群の肺動脈性肺高血圧症に分類されます。このほか第1群には膠原病に併発するものやアイゼンメンジャー症候群に代表される先天性シャント疾患による肺高血圧症も含まれます。
 第2群は左心系の疾患に続発するもので、患者さんの数としてはこのグループが一番多いのですが、治療は左心系疾患(心筋梗塞、弁膜症、心筋症など)の治療が優先されます。
 第3群は呼吸器疾患に合併するもので、これも治療の主体は肺や気道など呼吸器疾患となります。
 第4群は慢性の肺動脈血栓による肺高血圧症で、慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH: chronic thromboembolic pulmonary hypertension)と呼ばれています。肺動脈の根元に近い部分から血栓がみられる“中枢型”の場合には外科的に血栓を摘除する手術療法が有効ですが、肺動脈の根元には血栓が少なく末梢が多数の器質化血栓で閉塞している“末梢型”に対する有効な治療法はこれまでありませんでした。近年、それに対して風船(バルーン)を用いて狭くなった肺動脈を広げる治療が普及しており、それにより症状が劇的に改善する患者さんがいます。このように肺高血圧症は平均肺動脈圧が20 mmHg以上というシンプルな診断基準ですが、その原因は多岐にわたっており、各分野で治療法が開発・模索されている現在では、正しく診断することが有効な治療につながります。

4)肺高血圧症の症状

 肺高血圧症に特異的な症状は実はありません。体動時の息切れや浮腫(右心不全)が代表的ですが、めまいを感じたり突然失神したりすることもあります。肺の血管系は非常に余力があるため、かなり重症にならないとそれらの症状がはっきりしません。このため、なかなか診断がつかず、また診断がついたときには非常に重症化していることが多いのが現実です。診断の第一歩は「疑うこと」といわれており、理由のはっきりしない労作時の息切れや失神の原因として肺高血圧症を念頭におく必要があります。

5)肺動脈性肺高血圧症(特発性・家族性を含む)に対する治療

 かつては有効な治療法が全くなかったこの疾患も、現在では図のように治療薬が複数使用可能となってきました。

 内服薬を希望する患者さんが多いのですが、重症例については注射薬の適切な使用が、命のためには必須となります。症状の改善だけではなく、血行動態(肺動脈圧や心拍出量)をモニターしながら薬剤の調整を行います。注射薬剤の用量調節や経口薬との併用療法については、専門的な知識と経験が必要です。さらに2025年にはこれまでとは全く作用機序の異なるソタテルセプトという抗体製剤が日本でも使用可能となりました。従来の肺高血圧症治療薬は全て直接的な肺血管拡張作用を持つものでしたが、ソタテルセプトは細胞の増殖シグナルに介入する薬剤です。内服薬ではなく、3週間に1回の皮下注射による治療となりますが、従来治療を行った上でも上乗せ効果が示されており、これまでの治療法では効果が不十分であった重症の患者さんにも新たな光が差してきました。当科では1999年にエポプロステノールが承認された直後から積極的に肺高血圧症の治療に取り組んでおり、その後の種々の治療薬との組み合わせにおいても着実な治療経験を積んでいます。また、歴史的にそれぞれの時代の新薬(NS-304、MD-0701、ACT-064992など)の全国治験施設にも選ばれており、この分野の治療法開発にも貢献しています。

6)呼吸器疾患に伴う肺高血圧症に対する治療

 第3群に分類される呼吸器疾患に合併する肺高血圧症に対しては、従来適応となる薬剤がありませんでしたが、2024年に「間質性肺炎に伴う肺高血圧症」に対してプロスタサイクリンアナログであるトレプロスチニル(商品名:トレプロスト)の吸入療法が保険適応となり、この病気に苦しむ患者さんの治療が一歩前進しました。現在、当科では呼吸器内科の先生がたと協力しながら積極的に診断と治療に取り組んでいます。

7)慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)に対する治療

 前述したように中枢型CTEPHに対しては開胸して外科的に血栓と血管の内膜を切除するpulmonary endarterectomy(PEA)が適応となり、経験を積んだ施設で手術を受ければ有効性の高い治療法ですが、末梢型CTEPHに対して以前は有効な治療法がありませんでした。

 近年、手術不適応例のCTEPHに対してバルーン肺動脈形成術(balloon pulmonary angioplasty:BPA)が普及しつつあり、この治療を適切に施行することで患者さんの病状が劇的に改善します。

 当科は東日本大震災のあった2011年からBPAを導入している数少ない施設の一つです。肺高血圧症の診療と心血管カテーテル治療の両方に豊富な経験をもつ医師が治療を担当しております。また、2014年にリオシグアト(商品名:アデンパス)、そして2021年にはセレキシパグ(商品名:ウプトラビ)という内服薬がこの疾患に対して保険適応となり、薬物と血栓内膜摘除術(PEA)あるいはカテーテルによる治療(BPA)を組み合わせて個々の病状にあわせた最適な治療法を模索する時代になりました。血栓による肺高血圧症も肺動脈圧が高いほど予後(生存率)が悪いことが知られており、早期の正確な診断と適切な治療が非常に重要です。

8)おわりに

 肺高血圧症の診療を取り巻く環境は近年大きく変化しています。かつては有効な治療法が何もなく、医療従事者としては無力感に苛まれる日々でしたが、現在では複数の治療法を用いることができるようになりました。しかし、まだ根治することは難しく、治療法についても発展途上の部分が多くあります。そのような中で当科では、肺高血圧症患者さんに最新かつ質の高い医療を提供できるように、日々心がけております。また、今後は福島県内の医療機関と連携しながら、正確な診断と有効な治療の継続を目指していきたいと考えています。図に福島県内の医療機関による肺高血圧症専門外来設置状況を示します。

文責:中里和彦

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