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理事長室からの花だより

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理事長室からの花だより

2015.09.11

vol.332  − 署 (しるす) −

気がつけば、二十四節気の一つ、白露(はくろ)です。稲穂は垂(た)れ、刈り取りを待つばかりです。

秋雨前線(あきさめぜんせん)、蕭条(しょうじょう)と降る小糠雨(こぬかあめ)、“巡る季節”を実感させてくれます。
雨は日々の友となり、秋の夜長、人間(ヒト)を感傷的にします。

         返照(へんしょう)閭巷(りょこう)に入(い)る
         憂(うれ)い来たりて誰(たれ)と共にか語らん
         古道(こどう)人(ひと)の行(ゆ)くこと少(まれ)に
         秋風(しゅうふう)禾黍(かしょ)を動かす
                                      耿湋(こうい)

村里(むらざと)の秋の夕暮れ、静寂の情景です。道行く人は少なく、赤い夕陽が照り返し、稲や黍(キビ)の上を吹き渡る風、世相と人生に憂(うれ)いを感じています。

         この道や行く人なしに秋の暮
                          芭蕉

芭蕉の句、この漢詩から着想したといわれています。

9月、秋雨、そして単衣(ひとえ)への衣更え(ころもがえ)、水に流される如くに、心も改まります。
この単衣、父の形見である泥大島(どろおおしま)の紬(つむぎ)です。世代を越えて、着古されてきたせいか、体に馴染み、裾捌き(すそさばき)が心地良く感じられます。

秋は、霧です。気象学では春の霞と同じです。
朝霧は、音を消し、天地の境界は朧(おぼろ)げです。山河も人間の心も幽(かす)かになります。

この時季、枝豆です。今や、海外でも最も人気のある日本食の一つです。
今年もだだちゃ豆が届きました。若き日々の一時期、たった独りの年下の仲間からの贈り物です。今年は来ない、友の周辺に何か起きたのでは、と気掛かりでした。
このだだちゃ豆、過ぎ去ってしまった日々の想い出をも届けてくれます。

対日戦勝利の日は、海外では、9月2日です。この日、米国の戦艦ミズーリ号の艦上で、降伏文書への調印式が行われたからです。
降伏文書が外務省外交史料館で展示されており、足を運びました。
代表の重光葵(しげみつまもる)と梅津美治郎(うめつよしじろう)の署名に徒(ただ)ならぬ気配を感じました。
署名それ自体から何かが伝わるというのは今までありませんでした。
2人の署名は、ペン先が割れて、2本の平行線ができる程力を込めて、一気に書いています。彼等の万感(ばんかん)の思いが伝わってきます。

老生の幼い頃、重光葵の名前は新聞記事の記憶に残っています。
彼の偉大さは、「調印の階段」(植松三十里)、「重光葵 連合軍に最も恐れられた男」(福冨健一)に詳しく記されています。

調印の朝に認(したた)めたという短歌が今に伝えられています。

         願わくは御国(みくに)の末の栄え行き
         我が名さげすむ人の多きを
                                重光葵

日光で出会った新聞配達の少年が念頭にあったということです。あの少年達が大人になった時、日本は焼け野原から立ち直り、私が何故あのような屈辱的な調印をしたのかを蔑(さげす)むほど、立派な国になって欲しいとの思いです。

彼は、病気や処刑によって亡くなられた仲間から託された国連への復帰を成し遂げ、1ヶ月後に逝去しました。享年69の生涯です。
彼の死去の報に接して、国連では全員が黙祷したという秘話が伝えられています。

戦後70年、戦争に直接関わった人達の多くは逝(ゆ)き、当事者達の証言さえも、時とともに、時代の空気や個人の感情に動かされ、当時とは異なる様相になる程の長さです。
改めて気付くのは、単に悪者として描かれることの多い軍の幹部も、誰一人として戦争をしようとしていたのではなく、出来れば対米戦争はしたくなかったという事実です。
ここに、空気で動く日本人の特性が出ています。“論理”でなく“情”、感じて動いてしまうのです。

今週の花材は、華やかな中に寂しさが漂っている秋の気配です。


(福島県立医科大学理事長  菊地臣一)



今週の花


【理事長室】
■豆柿(マメガキ)   カキノキ科/落葉高木
/1〜2cm程の小さな実をつける。秋に橙に
色付き、霜が降りる頃に真っ黒に熟す。未熟
な果実から柿渋を採るために古くから栽培され
る。近年は実の可愛らしさから盆栽など観賞
用として栽培。
■プロテア〔マディバレッド〕  ヤマモガシ科
/常緑低木/《名前の由来》ギリシャ神話の
プロテウスの名より。 同属とは思えないほど
変異種が多く、自由自在に変身できるプロテ
ウスの名にちなんで/圧倒的な存在感を持つ
ワイルドフラワー。花持ちが良く、ドライフラワー
にも適す。
■雪柳(ユキヤナギ)   バラ科/落葉低木
/《名前の由来》柳のように枝がしなやかに垂
れ、花を散らした様子が雪が降ったかのように
見えることから/春に小さな白い花を枝いっぱ
いに咲かせる。今回は紅葉したかのように染
めたものを使用。
■リンドウ〔オータムピンクアシロ〕   リンド
ウ科/多年草/秋の代表花で野草として古く
から親しまれる。花色は青紫色を中心に、白
やピンク、複色もある。薬草としても知られ、根
や茎に健胃作用がある。
■ドラセナ〔コーディラインカプチーノ〕
リュウゼツラン科/日本で流通する観葉植物
の代表種。「カプチーノ」は赤黒の葉の縁に白
色が入る品種。
※拡大写真
http://www.fmu.ac.jp/univ/hana/3321.jpg

【秘書室】
■セダム〔オータムジョイ〕  ベンケイソウ科/600種以上ある多肉
植物の一種。肉厚な葉を持ち、耐寒性耐暑性があり乾燥にも強い。
切花として流通する花が咲く品種も丈夫で長く楽しめる。緑色の蕾
から開花につれピンクに色付く。
■モカラ〔ムーンライトイエロー〕   ラン科/バンダ・アラクニス・ア
スコケントルムの3種の蘭を交配した人工種。鮮やかな花色が豊富
な南国の花。「ムーンライトイエロー」は明るい黄色。
■アンスリュウム〔テラ〕   サトイモ科/常緑多年草/ロウ細工の
ような光沢があり、造花と見間違うような花。花弁のように見える部
分は苞で、棒状の部分が花。主に苞を鑑賞するため、とても長く楽し
める。
■雪柳   (理事長室と同花材)
※拡大写真
http://www.fmu.ac.jp/univ/hana/3322.jpg

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