薬剤部 部長 黒田 純子

今坂先生

1.学位を取得しようと思った理由やきっかけ

 数年前、『実力も運のうち』(マイケル・サンデル、早川書房)という書籍が話題になりました。自分ではどうにもならない“運命”が、その人の実力の育成に大きく影響するという視点で論じられたものです。私は以前から、女性が働き続けられるかどうかは「運」に拠るところが大きいのではないかと考えていました。もちろん、本人の強い意思や努力があってこそですが、婚姻や配偶者、子、親、職場環境など、多くの要素が“運”として影響します。その点において、私は恵まれていたと思います。
 薬剤師として、かつては名古屋市立大学病院で勤務し、2020年からは福島県立医科大学附属病院に勤務しています。家族は夫と2人の子どもを含めた4人です。病院薬剤師になったのは、名古屋市の公務員試験に合格し、配属先がたまたま病院だったことがきっかけでした。
 子育てをしながら十数年勤務を続けていた頃、薬剤師のがん領域における認定制度が始まりました。幸運にも研修の機会を得て、一時的に単身赴任をしながら、がん領域の知識や技術を体系的に学びました。当時は、化学療法委員会の設置、外来化学療法室の開設、レジメン登録、薬剤師による抗がん薬調製など、新たな体制が整備される時期で、研修修了後はがん領域全般を担当することになりました。
 その頃から臨床現場での疑問や薬剤部内の業務改善など、日々の業務からテーマを見つけ、学会発表や論文執筆にも取り組みました。研究の時間確保は容易ではありませんでしたが、職場と自宅が徒歩15分という立地に助けられ、休日にも職場に立ち寄って作業を進めることができました。
 2020年、ご縁があり、当院での薬剤部長としての就任を機に福島での勤務が始まりました。学位取得を考え始めたのは、その2〜3か月前でした。もともと学位に強い興味があったわけではなく、なぜ取得しようと思ったのか今でも明確ではありませんが、一歩踏み出したことが結果的に大きな経験へとつながりました。

2.学位論文研究の概要

 がん薬物療法における副作用対策は、薬剤師の重要な役割のひとつです。私の直接の担当ではありませんでしたが、50代の乳がん患者さんが抗がん薬による心機能障害で亡くなられた事例を経験しました。添付文書にも記載されている副作用ではありますが、実際の死亡例は大きな衝撃でした。
 その経験から、このテーマで研究を進めたいと考え、教授に相談し了承をいただきました。

タイトル: アントラサイクリン系抗がん薬投与の乳癌患者における心機能障害の発現に関する後方視的研究
内容: 当院でアントラサイクリン系抗がん薬を投与した乳がん患者を対象に、心機能障害の発生有無に基づき、
     治療開始前のリスク因子を解析しました。その結果、
   ・ 高い好中球リンパ球数比
   ・ 進行がん
   ・ ドキソルビシン(エピルビシンとの比較)投与
   がリスク因子として示唆されました。これらの因子を有する患者では、特に注意深い対応と適切なモニタリングが必要です。

3.研究中の工夫と時間の使い方

 勤務と並行した大学院生活が始まり、主に週末を研究にあてていましたが、日常業務との両立は容易ではありませんでした。そこで“朝活”を取り入れ、始業までの約1時間を研究に充てることにしました。一人暮らしになり時間利用の自由度が上がったことで、このような工夫が可能になりました。もっとも、職場に来ると自然と仕事モードになり、週の半分は業務を行ってしまう状況でしたが、それでも少しずつ研究は進展しました。限られた時間の中で工夫しながら前に進めた経験は、大きな財産となりました。

4.10年後の自分について

 私はこれまで、将来の明確なプランを立てて動くことはあまりしてきませんでした。置かれた環境の中で、そのとき可能な最大限で取り組む、その連続で今日まで来ました。
 この過ごし方の良い点は、人と比較することがなく、成果や報酬への過剰な期待を抱かないことから、自分への不甲斐なさ以外のストレスが少ないことです。ただし、目標を定めて進むことが一般的であり、このスタイルは万人向けでないかもしれません。自分に合った方法を見つけて進むことが、長く活動を続ける上で大切だと感じています。

5.これから学位取得を目指す方へ

 イギリスのロックバンド、クイーンのブライアン・メイが学位取得したのは59歳でした。このことは、私にとって大きな励みとなりました。奇しくも私も同じ年齢で学位を取得できました。
 学位に限らず、挑戦のタイミングは人それぞれです。年齢や立場、環境にとらわれず、「思い立った時が、あなたの挑戦の時」です。その気持ちを大切に、ぜひ一歩を踏み出してください。
 最後になりましたが、私のスタイルを理解し、常に支えてくれた夫と子どもたちに心から感謝しています。

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