細胞科学研究部門 教授 井上 直和

皆さん、こんにちは、細胞科学研究部門の井上です。
理学部出身の私の経験が、医学部の皆さんのロールモデルになり得るか少々心配ですが、自分のこれまでの経験を振り返ることのできる折角の機会ですので、駄文で申し訳ないですが、寄稿させて頂きます。少しでも皆様の参考になれば幸いです。
私は大学を卒業後、免疫学、特に自然免疫に興味がありましたので、当時、大阪府立成人病センター (現大阪国際がんセンター) の瀬谷司先生のもとで、補体レセプターの研究を行っておりました。瀬谷先生のご尽力により、研究室は、免疫学の実験に必要な最新の設備と経験豊な技官さんが複数人配置されておりました。初めての関西での生活でしたが、同僚にも恵まれ、公私共に何不自由なく、充実した研究生活を送っておりました。なかでもこの研究室での大きな出来事は、今後の人生を左右する人との出会いでした。
補体レセプターは、通常、補体を制御するためにほぼ全身で発現していますが、私が解析していた、補体レセプターの一つCD46は、なぜかマウスでは精巣に顕著に発現していることが瀬谷先生の研究によって明らかにされました。大阪大学遺伝情報実験センターの岡部勝先生による先行研究では、ヒトのCD46は、精子のゴルジ体由来の頭部の大きな袋である先体の内部に局在しており、大規模なエクソサイトーシスである先体反応を経て精子頭部の表面に露出することが分かっていました。精子は先体反応を経験しなければ決して卵子と受精できませんので、CD46が精子頭部の表面に再局在することで、精子は受精能力を獲得すると考えられました。実際にCD46抗体を処理することで、受精が抑制されるといった報告もあります。この研究結果と精巣特異的発現のマウスCD46の研究結果を組み合わせると、特にマウスCD46は、補体の制御以外に、受精への深い関与が想像されます。
岡部先生は、受精研究に精通していると同時に、日本の発生工学のパイオニアの一人でしたので (世界で初めてGFPマウスを作製されました)、瀬谷先生との共同研究を通じて、当時最新技術のCD46のノックアウトマウスの作製と解析に携わる機会をいただきました。こうして週の半分程度、岡部先生のラボに出入りするようになり、この間、発生工学の基礎知識と手技を岡部先生よりご教授いただきました。残念ながらCD46ノックアウトマウスの表現型は、予想していた雄性不妊にはなりませんでしたが、この出会いをきっかけに、岡部先生に、日本学術振興会PDさらに助手に採用していただき、その後、改組になり大阪大学微生物病研究所助教として、合わせて約10年間大阪大学にて、研究・教育に携わる機会をいただきました。
この間、幸運にもいくつかの成果を挙げることができました。その代表例として、哺乳類の受精に必要な因子「IZUMO1 (イズモ1)」 (島根県にある縁結びで有名な出雲大社に因んで名付けられました) を同定することができました。IZUMO1ノックアウトマウスの精子を用いた体外受精の結果から、世界初となる配偶子融合不全を観察し、IZUMO1が精子側で配偶子融合に必須な因子であることを証明した時の達成感、高揚感が忘れられず、今や受精研究はライフワークとなりました。
その後、私の研究との親和性があまり無いにもかかわらず、平成25年5月1日に現所属の和田郁夫先生に准教授に採用していただきました。実は私は福島市出身で、高校 (福島東高校) 卒業から、約20年ぶりの帰郷に不思議な縁を感じました。和田先生からは、医学部における基礎研究の重要性や真摯に研究に取り組む姿勢をご教示いただきました。研究面では、和田先生の秀逸な顕微鏡観察技術を大いに活用させていただき、これに加え、私の得意な分子細胞生物学的技術や遺伝子改変動物の作製を基盤に、現在、受精の分子メカニズムの解明に注力しています。
幸運なことに、令和5年11月1日より、本学の細胞科学研究部門を主宰する機会をいただき、慣れない教授生活一年目を悪戦苦闘していると同時に、令和6年10月1日には、新しいスタッフも揃い、これからの受精研究の新展開を考えながらワクワクして過ごしています。
私のこれまでの研究生活を振り返ると、瀬谷先生、岡部先生、和田先生などの優れたメンターとの出会いによって、全ての研究成果が成り立っており、決して自分一人では基礎研究の醍醐味である、世界初の発見が成立しないことが分かります。もちろん、研究以外の生活をサポートしてくれている妻にも大変感謝していますが、研究の場を提供していただいたこれまでのメンター達には感謝が尽きません。つまり私のロールモデルにおいて、強調したいことは、一つ一つの出会いがその後の人生を大いに左右するので、常に出会いを大切にしてください、ということです。
最後に皆様の今後のご多幸をお祈り申し上げます。