福島県立医科大学 研究成果情報

米国科学誌「The Journal of Neuroscience」掲載(2020年10月21日)(2020-11-09)

Enhanced Retrieval of Taste Associative Memory by Chemogenetic Activation of Locus Coeruleus Norepinephrine Neurons

昆虫のにおい受容体を用いたほ乳類脳神経細胞の新たな活動操作技術の開発と,その応用による嫌悪性記憶の想起を制御する脳神経回路の同定

深堀 良二(ふかぼり・りょうじ)
医学部附属生体情報伝達研究所  生体機能研究部門 助教

井口 善生(いぐち・よしお)
医学部附属生体情報伝達研究所  生体機能研究部門 助教

小林 和人(こばやし・かずと)
医学部附属生体情報伝達研究所  生体機能研究部門 教授

        
研究グループ
Ryoji Fukabori,* Yoshio Iguchi,* Shigeki Kato, Kazumi Takahashi, Satoshi Eifuku, Shingo Tsuji, Akihiro Hazama, Motokazu Uchigashima, Masahiko Watanabe, Hiroshi Mizuma, Yilong Cui, Hirotaka Onoe, Keigo Hikishima, Yasunobu Yasoshima, Makoto Osanai, Ryo Inagaki, Kohji Fukunaga, Takuma Nishijo, Toshihiko Momiyama, Richard Benton, Kazuto Kobayashi† (*equally contributed; †corresponding author)
(深堀良二,井口善生,加藤成樹,高橋和巳,永福智志,辻真伍,挾間章博,内ケ島基政,渡辺雅彦,水間広,崔翼龍,尾上浩隆,疋島啓吾,八十島安伸,小山内実,稲垣良,福永浩司,西條琢真,籾山俊彦,リチャード・ベントン,小林和人)

概要

論文掲載雑誌:「The Journal of Neuroscience」(2020年10月21日)


 過去の経験を通じて獲得した記憶を,状況に応じて思い出し,適切に利用することは,私たちが社会適応する上で重要な心の機能であり,記憶の想起に障害をきたす様々な精神・神経疾患の病態解明と治療法開発は,高齢化社会を迎えた国・地域における喫緊の課題です。記憶の想起においては,ノルアドレナリンを神経伝達物質とした脳内ネットワークが重要な役割を果たすと考えられていますが,その詳細には未解明な点が多く残されています。本研究において私たちは,ノルアドレナリンを合成・放出する主要な脳領域である青斑核と,情動記憶を司る扁桃体基底外側核の間のノルアドレナリンを介した連絡が,嫌悪的な経験を通じて形成された記憶の想起において果たす役割について検討しました。

 まず,遺伝子組み換え技術を用いて,昆虫(ハエ)のにおい受容体の一つ,IR84a/IR8a受容体1をマウスのノルアドレナリン神経細胞に発現させました。このマウスににおい物質を投与すると,受容体発現細胞が活性化し,前頭皮質や扁桃体のノルアドレナリン遊離量が増加することを確認しました。このような神経細胞活性化テクノロジーは世界に類をみないものであり,私たちはIRNA (IR-mediated Neuronal Activation)と名づけました(図)。

 このIRNAを用いて青斑核のノルアドレナリン神経細胞を活性化させ,マウスの嫌悪的な記憶の想起が影響されるかどうか,味覚嫌悪学習パラダイム2を用いて検討しました。学習後のマウスの青斑核ノルアドレナリン神経細胞を活性化させた状態で砂糖水を与えると,活性化していないマウスに比べて,砂糖水に関連づけられた嫌悪記憶がより速やかに想起されることが明らかになりました。さらに,青斑核ノルアドレナリン神経細胞を活性化させても,扁桃体基底外側核のノルアドレナリン受容体を阻害すると,記憶想起の促進効果が打ち消されることがわかりました。これらの結果は,青斑核から扁桃体基底外側核へのノルアドレナリン投射が,嫌悪的な経験を通じて形成された記憶の想起をコントロールする重要な脳神経回路であることを示唆するものです。

 本研究を通じて開発された新しい神経細胞活性化テクノロジー,IRNAは,私たちの脳と心のメカニズムを解明するための基礎研究の推進に対して大きく貢献するだけでなく,将来的には加齢・疾病・損傷等により十分に機能できなくなった神経細胞の機能回復など,先進的な遺伝子治療に応用されることが期待されます。また,本研究の結果は,健忘症や心的外傷後ストレス障害などの記憶想起に特異的な障害の治療標的として,青斑核と扁桃体基底外側核を結ぶノルアドレナリン投射の重要性を指摘するものであり,病態解明と新たな治療法の開発へと繋がることが期待されます。

[用語解説]

1イオン透過性チャネルであり,バナナなどの果実に含まれるフェニル酢酸に応答し,陽イオンを細胞外から取り込むことによって神経細胞を活性化する。

(2)マウスに砂糖水を飲ませ,その直後に気持ちが悪くなる薬物を投与する。通常,マウスは砂糖水を好んで飲むが,摂取直後に体調不良を経験すると,砂糖水を嫌悪するようになる。

図. ハエのにおい受容体を用いたほ乳類神経細胞の活性化技術(IRNA: IR-mediated Neuronal Activation).


連絡先

 公立大学法人福島県立医科大学 医学部 生体機能研究部門

 教授 小林 和人・助教 深堀 良二・助教 井口 善生

 電話:024-54-1668(助講室)FAX:024-548-3936
 講座ホームページ:http://www.fmu.ac.jp/home/molgenet/

 メールアドレス:kazuto@fmu.ac.jp(スパムメール防止のため、一部全角表記しています)