心不全分野




研究テーマ

心血管リモデリングの分子機序の解明

 私たちは心血管障害におけるリモデリングの分子機序を解明することを目標とし、様々な物質に着目して研究を進めてきました。

Senescence marker protein 30 (SMP30)

 SMP30はヒトを含めさまざまな生物に、そしてあらゆる臓器と組織に発現し、加齢と共に減少する加齢指標蛋白として知られています。これまでの報告からはSMP30は脳や肝臓、肺において抗加齢作用を有していることが分かりましたが、心臓組織における役割は不明でした。
 我々は全身性のSMP30ノックアウト(SMP30-KO)マウスを用いてアンジオテンシン投与による高血圧モデルを作成したところ、SMP30-KOマウスにおいて野生型マウスに比べ心肥大と心筋間質の線維化、リモデリングによる収縮能の低下、さらに酸化ストレスの活性化が亢進していることがわかりました(文献11)。さらに我々は心臓組織での局所的な作用を検討するために、心筋特異的にSMP30を過剰発現させたトランスジェニック(SMP30-TG)マウスを用いて同様の検討を行ったところ、SMP30-TGマウスでは心肥大や間質の線維化、酸化ストレス反応など抑制されていることがわかり、SMP30が心肥大によるリモデリングを抑制することが証明されました(文献10)。
 またドキソルビシンによる薬剤性心筋障害モデルにおけるSMP30の役割を検討したところ、野生型マウスに比べてSMP30-KOマウスで心筋間質の線維化と心臓組織における酸化ストレス反応、アポトーシス反応が亢進していたものの、それに対してSMP30-TGマウスでは抑制されていることが分かりました(図)。つまりドキソルビシンによる薬剤性心筋障害においても、SMP30は心保護的に作用することが分かりました(文献9)。
ドキソルビシン投与後の心臓組織における線維化の程度の比較(マッソン・トリクローム染色)。野生型マウスに比べてSMP30-KOマウスでは亢進しており、逆にSMP30-TGマウスでは抑制されている。

Pentraxin3 (PTX3)

 PTX3は臨床現場で頻用されている炎症反応性蛋白C-reactive protein (CRP)と同じペントラキシンスーパーファミリーに属し、炎症反応部の局所において短時間のうちに様々な細胞から産生されることから、CRPよりもさらに鋭敏な炎症反応マーカーとして注目されています。我々は以前、心不全患者においてPTX3がその重症度を反映し、心不全患者における心イベント発生の予後予測因子となり得ることを報告しました(文献8)。また基礎実験では心臓組織における圧負荷モデルにおいて、PTX3は心肥大と心臓組織における線維化を促進して心臓のリモデリングを促進する作用を有することを報告しました(文献7)。これらの報告をもとに、心筋虚血モデルにおけるPTX3の作用を検討するため、我々は次の実験を行いました。PTX3ノックアウト(PTX3-KO)マウスと野生型(WT)マウスそれぞれに9Gyの放射線を照射して骨髄抑制させ、それぞれのマウスにお互いの骨髄細胞を移植することで、心臓組織と骨髄由来細胞とがWTマウスとPTX3-KOマウスのそれぞれに由来する4種類のマウスを作成しました。それらのマウスに対して冠動脈を一時的に結紮して虚血再灌流モデルを作成したところ、心臓組織がWTかPTX3-KOマウスであるかということよりも、骨髄由来細胞がPTX3-KOマウスであるほうがWTマウスに比べて心筋組織における梗塞範囲や炎症性細胞の浸潤の程度、炎症性サイトカインや酸化ストレスの発現が大きくなることが分かりました(文献6)。これらのことから心筋組織における虚血再灌流モデルにおいて、骨髄由来のPTX3が心保護的に作用することがわかりました。
宿主(心臓組織)と骨髄細胞が異なる(WTまたはSMP30-KO)4種類のマウスにおける心筋虚血再灌流モデルの心臓組織でのEvans-blue染色。PTX3-KOマウス由来の骨髄細胞であることが、梗塞領域の拡大をもたらしている。

High mobility group box protein 1 (HMGB1)

 HMGB1は核内においてヒストンの構造を安定化させる作用をもつ一方、細胞外に分泌されると種々の機能を営むサイトカインとしての働きを有しています。我々はHMGB1遺伝子を心筋細胞のみに選択的に過剰発現したトランスジェニック(HMGB1-TG)マウスを作成し、HMGB1-TGマウスは野生型(WT)マウスと比べて心筋梗塞後の血管新生が増加することで梗塞サイズが小さくなることを報告しました。我々はさらにHMGB1の詳細な作用と虚血心における心保護作用の機序について検討しました。
 Green fluorescence protein (GFP)マウスの骨髄細胞を、9Gyの放射線照射により骨髄細胞を死滅させたWTマウス及びHMGB1-TGマウスに移植して、移植後のマウスに対して冠動脈を結紮して心筋梗塞を作成しました。骨髄から誘導された血中の血管内皮前駆細胞(Endothelial progenitor cells: EPCs)はHMGB1-TGマウスにおいて有意に増加し、また心筋組織内の血小板内皮細胞接着分子(PECAM-1陽性細胞)数もHMGB1-TGマウスにおいて増加していました。過去の報告と同様、梗塞サイズはTGマウスにおいてWTマウスに比べて減少しており、また梗塞後の心筋内における血管内皮増殖因子(VEGF)濃度とVEGFレセプター2遺伝子発現量はTGマウスでWTマウスに比べて高値でした。これらのことから、心筋梗塞後の心筋組織において、HMGB1は骨髄細胞の誘導とEPCsへの分化を促進し、血管内皮細胞として生着させることで血管新生を促進し、心筋障害を軽減することが示されました(文献5)。
 また虚血性心疾患の危険因子として糖尿病がありますが、糖尿病治療薬であるDPP4(Dipeptidyle peptitase4)阻害薬はDPP4活性を阻害することによりインクレチンホルモンの分解を抑制して血糖を低下させます。HMGB1はDPP4の切断部位も含んでいることからDPP4の基質となる可能性があるため、我々は糖尿病合併心筋梗塞マウスモデルによる検討を行いました。HMGB1-TGマウス、WTマウスにストレプトゾトシンを投与して糖尿病モデルを作成し、DPP4阻害薬投与群と非投与群とに分けて心筋梗塞を作成したところ、糖尿病HMGB1-TGマウスにおいてDPP4阻害薬により梗塞サイズが減少し(図)、梗塞周辺領域でのPECAM-1陽性細胞数とVEGF発現量も増加していました。これらのことから、糖尿病状態ではDPP4活性が亢進しHMGB1分解が促進されてHMGB1による血管新生作用が障害されてしまうこと、またDPP4活性阻害薬によって糖尿病状態でもHMGB1機能が保たれることが示されました(文献4)。
 以上のことから、HMGB1は虚血性心疾患における治療ターゲットとなり得ると考えられます。
左:糖尿病HMGB1-TGマウスに作成した心筋梗塞。
右:同マウスへのDPP4阻害薬投与後に作成した心筋梗塞。梗塞サイズはDPP4阻害薬を投与しないマウスと比較し縮小している。


これまでの主な業績
  1. Sato A, Suzuki S, Watanabe S, Shimizu S, Nakamura Y, Misaka T, Yokokawa T, Shishido T, Saitoh S, Ishida T, Kubota I, Takeishi Y. DPP4 inhibition ameliorates cardiac function by blocking the cleavage of HMGB1 in diabetic mice after myocardial infarction. Int Heart J. 2017;58:778-786
  2. Sato A, Yoshihisa A, Yokokawa T, Shimizu T, Nakamura Y, Misaka T, Kamioka M, Kaneshiro T, Suzuki S, Kunii H, Saitoh S, Takeishi Y. The association between circulating anti-angiogenic isoform of vascular endothelial growth factor and clinical profiles in patients with peripheral artery disease. Int J Cardiol. 2016;207:368-9.
  3. Suzuki S, Nakazato K, Sugimoto K, Yoshihisa A, Yamaki T, Kunii H, Suzuki H, Saitoh S, Takeishi Y. Plasma levels of receptor for advanced glycation end-products and high-mobility group box 1 in patients with pulmonary hypertension. Int Heart J. 2016;57:234-40.
  4. Sato A, Yoshihisa A, Kanno Y, Takiguchi M, Miura S, Shimizu T, Nakamura Y, Yamauchi H, Owada T, Sato T, Suzuki S, Oikawa M, Yamaki T, Sugimoto K, Kunii H, Nakazato K, Suzuki H, Saitoh S, Takeishi Y. Associations of dipeptidyl peptidase-4 inhibitors with mortality in hospitalized heart failure patients with diabetes mellitus. ESC heart failure. 2016;3:77-85.
  5. Nakamura Y, Suzuki S, Shimizu T, Miyata M, Shishido T, Ikeda K, Saitoh S, Kubota I, Takeishi Y. High mobility group box 1 promotes angiogenesis from bone marrow-derived endothelial progenitor cells after myocardial infarction. J Atheroscler Thromb. 2015;22:570-81.
  6. Shimizu T, Suzuki S, Sato A, Nakamura Y, Ikeda K, Saitoh S, Misaka S, Shishido T, Kubota I, Takeishi Y. Cardio-protective effects of pentraxin 3 produced from bone marrow-derived cells against ischemia/reperfusion injury. J Mol Cell Cardiol. 2015;89:306-13.
  7. Suzuki S, Shishido T, Funayama A, Netsu S, Ishino M, Kitahara T, Sasaki T, Katoh S, Otaki Y, Watanabe T, Shibata Y, Mantovani A, Takeishi Y, Kubota I. Long pentraxin PTX3 exacerbates pressure overload-induced left ventricular dysfunction. PLoS One. 2013;8:e53133.
  8. Suzuki S, Takeishi Y, Niizeki T, Koyama Y, Kitahara T, Sasaki T, Sagara M, Kubota I. Pentraxin 3, a new marker for vascular inflammation, predicts adverse clinical outcomes in patients with heart failure. Am Heart J. 2008;155:75-81
  9. Miyata M, Suzuki S, Misaka T, Shishido T, Saitoh S, Ishigami A, Kubota I, Takeishi Y. Senescence marker protein 30 has a cardio-protective role in doxorubicin-induced cardiac dysfunction. PLoS One. 2013;8:e79093
  10. Misaka T, Suzuki S, Miyata M, Kobayashi A, Ishigami A, Shishido T, Saitoh S, Kubota I, Takeishi Y. Senescence marker protein 30 inhibits angiotensin II-induced cardiac hypertrophy and diastolic dysfunction. Biochem Biophys Res Commun. 2013;439:142-7
  11. Misaka T, Suzuki S, Miyata M, Kobayashi A, Shishido T, Ishigami A, Saitoh S, Hirose M, Kubota I, Takeishi Y. Deficiency of senescence marker protein 30 exacerbates angiotensin II-induced cardiac remodelling. Cardiovasc Res. 2013;99:461-70.




研究テーマ

脳心連関に着目した慢性心不全治療戦略の構築
-交感神経活性とホスホジエステラーゼ3の関連-


背景
 慢性心不全では、交感神経活性、アンジオテンシンIIに代表される体液性因子が予後と関連することが知られています。慢性心不全病態で増加したアンジオテンシンIIは脳内受容体を介して交感神経活性を亢進させることで、慢性心不全病態を更に悪化させており、脳心連関として注目されています。細胞内セカンドメッセンジャーであるcAMPの代謝を司るホスホジエステラーゼ3 (Phosphodiesterase; PDE3)は交感神経刺激により心筋細胞で生成されたcAMPを分解することで、β受容体を介した交感神経シグナルを調節しています。cAMPは強心作用を引き起こすプロテインキナーゼAを活性化するため、急性心不全の病態においては、PDE3阻害薬がcAMPの分解を抑制し、強心作用を発揮することで、心不全治療に効果を挙げていますが、残念ながら長期予後の改善効果は認められておりません。その一因として、PDE3阻害薬は、過剰な強心作用をもたらしてしまい、心筋細胞のアポトーシスを引き起こし、慢性心不全病態をより悪化させる機序が考えられています。
実験の方法と結果
 我々は心特異的PDE3高発現マウスを用いて、心筋虚血再灌流モデルを作成し、PDE3が持つ抗アポトーシス効果により、心筋虚血再灌流障害が抑制されることを見出しました。また、アンジオテンシンII持続皮下投与モデルマウスを使用した検討においても、アンジオテンシンII刺激に対する心肥大、心線維化がPDE3により抑制されることを発見し、その機序として心筋細胞の肥大、心筋組織線維化を引き起こすトランスフォーミング増殖因子-βの発現が、PDE3高発現マウスにおいて抑制されていることを報告しています。脳心連関の観点からは、延髄腹側外側野が星状神経節を介して心筋細胞へ過剰な交感神経刺激を行っていると考えられるため、脳心連関による心不全悪化をPDE3が抑制できないか研究を進めています(図) 。

図 研究背景の概要


これまでの主な業績
  1. Shoji Iwaya, Masayoshi Oikawa, Yan Chen, Yasuchika Takeishi. Phosphodiesterase 3A1 protects the heart against angiotensin II-induced cardiac remodeling through regulation of transforming growth factor-β expression. International Heart Journal. 2014:55;165-168.
  2. Masayoshi Oikawa, Meiping Wu, Soyeon Lim, Walter E. Knight, Clint L. Miller, Yujun Cai, Yan Lu, Burns C. Blaxall, Yasuchika Takeishi, Jun-ichi Abe, Chen Yan. Cyclic nucleotide phosphodiesterase 3A1 protects the heart against ischemia-reperfusion injury. Journal of Molecular and Cellular Cardiology. 2013:64;11-19.

文責:及川雅啓



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