肺高血圧症




 肺高血圧症は肺血管抵抗・肺動脈圧の上昇から右心不全に至る進行性の疾患です。かつては循環器分野の中で最も予後不良の疾患とされてきましたが、近年の薬物治療の進歩により、飛躍的に治療成績が向上しています。
 しかしながら、未だに機序不明の点も多く、肺高血圧症患者さんの予後をより改善させるためには更なる研究が必要です。
 肺高血圧症の病型の1つである肺動脈性肺高血圧症は、病理学的には肺動脈内膜・中膜の増殖といった肺血管リモデリングが認められます。これには遺伝や環境、炎症など様々な因子が複雑に関与しています。



肺血管リモデリングに対する抗老化蛋白、
エンドセリン-1、高脂肪食の影響


 私たちは肺血管リモデリングに影響する因子の1つとして、抗老化蛋白の1つであるSMP30が関わることを報告しました。(Int Heart J. 2019;60:1430-1434)
 また、血管内皮細胞から産生される強力な血管収縮物質であるエンドセリン-1が、肺血管リモデリングの形成に重要な受容体の1つであるACVRL-1の発現を上昇させることを示しました。(Front Cardiovasc Med. 2021;8:648981)
 さらに肺血管リモデリングと代謝異常症の関連に注目し、低酸素曝露マウスを用いた実験で、高脂肪食が再酸素化したときのリバースリモデリング(中膜肥厚の軽減)を遅延させることを初めて報告しました。(BMC Cardiovasc Disord. 2021;21:331)



クローン性造血と肺高血圧症:JAK2V617Fの意義

 近年の遺伝子解析技術の進歩により、血液学的に正常な一般健常人でも、加齢に伴って血液細胞に体細胞遺伝子変異が出現する「クローン性造血」と呼ばれる現象が明らかになり、これが心血管疾患の危険因子であることが分かってきました。私たちは、JAK2遺伝子変異によるクローン性造血が、肺高血圧症の発症や重症化に重要な役割を果たすことを世界に先駆けて明らかにしました。本研究では、JAK2V617Fトランスジェニックマウスの骨髄細胞を採取して、骨髄移植を行いクローン性造血のマウスモデルを作成して検討を行いました。JAK2V617Fクローン性造血マウスを3週間10%低酸素を曝露すると、肺動脈リモデリングが増悪し、低酸素誘導性肺高血圧症が悪化することが分かりました。JAK2V617Fクローン性造血マウスの肺では、肺動脈周囲の好中球の増加を認めており、肺好中球ではALK1増加を認めていました。JAK2V617F マウスにALK1阻害薬を投与すると、増悪した肺高血圧症の抑制され、肺好中球のJAK2V617Fは、ALK1増加を介して肺高血圧症の発症と重症化に強く関連することを明らかにしました。最後に、肺高血圧症患者におけるJAK2V617F変異クローン性造血の意義を検討しました。我々の研究室で、JAK2V617F変異を同定・定量化するPCR法を確立し、肺高血圧症の患者から末梢血液のDNAを抽出してJAK2V617F変異検出解析を行ったところ、JAK2V617F変異クローン性造血を有する割合は、肺高血圧症患者では健常人より高頻度に認められました。ALK1の阻害はJAK2V617Fクローン性造血を有する肺高血圧症の患者に有効である可能性が示唆され、肺高血圧症患者におけるJAK2V617F変異検出解析は個別化医療に発展できる可能性があり、今後のさらなる検討を行っていきます(Nat Commun 2021;12: 6177)。


骨髄増殖性腫瘍と肺高血圧症

 骨髄増殖性腫瘍は、活性化した血液細胞が増加する疾患群で、血栓症など様々な心血管系の合併症を引き起こします。肺高血圧症も、骨髄増殖性腫瘍にしばしば起こることが知られていましたが、骨髄増殖性腫瘍と肺高血圧症の直接の関わりは不明でした。CALR遺伝子のフレームシフト変異は骨髄増殖性腫瘍の原因として2番目に多い遺伝子変異として、2013年に報告されました。本学輸血・移植免疫学講座でCRISPR-Cas9法によってマウスのCalr遺伝子にフレームシフト変異を導入したノックインマウス(Calr-del10マウス)が作成され、このCalr-del10マウスは、骨髄増殖性腫瘍のなかでも、血小板が主に増える、本態性血小板血症とよく似た造血の状態になりました。Calr-del10マウスから骨髄細胞を採取して移植して、移植を受けたマウスを低酸素に曝露すると、肺血管周囲に活性化したCalr-del10由来のマクロファージが集まり、刺激によって肺血管壁が厚くなって、肺高血圧症を発症しました。この研究によって、新たな疾患モデルが確立され、CALR変異と骨髄増殖性腫瘍、肺高血圧症の関わりが示唆されました(J Hematol Oncol 2021; 14: 52)。

文責:杉本浩一



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