リュージュ(龍樹)の伝言

第3回:マーシャル諸島訪問

2012/11/24

 今年の9月に、二十一世紀文化学術財団の学術奨励金をいただいてマーシャル諸島を訪問した。

 

 マーシャル諸島に行った目的は、「プライマリ・ケアを軸とした地域包括ケアのシステム構築が、地域社会の崩壊からの復興に実際どう役立ってきたか」を海外の事例で検証して、東日本大震災と原子力発電所事故という大災害が連続した福島の復興に生かしたいと考えたからである。

 

 私たちが訪れた直前の9月13日は、マーシャル諸島共和国(Republic of the Marshall Islands, RMI)の人たちにとっては歴史的な日となった。国際連合人権理事会(Human Rights Council)が、環境と人権へ及ぼす放射性降下物(フォールアウト)の脅威について初めて検討したのだ。特別報告者Calin Georgescu氏が、実際にRMIを視察して書いた評価の高い詳細な報告書 “Report of the Special Rapporteur on the implications for human rights of the environmentally sound management and disposal of hazardous substances and wastes” をもとにプレゼンテーションした後で、RMIの国民代表が初めて国連理事会に立ち、1946年から58年にかけて合衆国が実施した核実験が、彼らの環境、健康そして人生にどのように影響したかを証言した。核実験が始められてから、実に60年が経過している。

 

 詳細はやがて発表される研究報告書にゆずるが、RMIでは多くの人たちにお会いして、被曝後60年の社会と人生がどのようなものであったかを傾聴することができた。特に印象的だったのは、そうしたお話の多くがふたつのキーワードで語られたことである。マーシャル語から英語に通訳してもらったその言葉は「Stigma」と「Displacement」だ。

 

 RMIの人たちの文化では、平和で豊かな暮らしを支えている海・島・環礁は「母なる大地」である。それらに神々が宿る。伝説が多くの英雄の物語を伝えてきた。それが核実験のフォールアウトで穢された。死の灰が「雪のように」母なる大地を覆ったそうだ。母や先祖を冒涜されたことにも等しい、それはそれは辛い恥辱の体験「Stigma」であったという。

 

 そして、彼らは汚染されてしまった生まれ故郷を強制的に立ち退かされる。何よりも地域社会の絆を大事にするRMIの人たちは、ばらばらにされて、知らないところへ送られ、そこで目的も知らされずに検査を受け続ける。ある人は被曝群として、またある人は対照群として・・・。こうして地域とともに生きてきた人々の絆を分断した「Displacement」が彼らと彼らの社会に残した傷は深い。

 

 福島でもRMIの人々と同種の「Stigma」と「Displacement」が人々を苦しめているはずだ。被災地のプライマリ・ケアをどのように組織するのか。帰還を待ち望む人たちの健康をどのように守るのか。福島の医療人に課せられた課題は大きく責任は重い。50年、100年の時間に耐えるプロジェクトは何か。計画ができても実践することはさらに困難だろう。

 

 でも進んでいこう。理不尽な災禍に見舞われたにもかかわらず、くったくのない笑顔で生き延びた知恵を語ってくれたRMIの人たちが、はるか太平洋の中心から、私たちに勇気を送り続けているのだ。



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