リュージュ(龍樹)の伝言

第66回:最後の『伝言』

2023/03/31

 久しぶりの『伝言』が最後の『伝言』になってしまった。 

 

 3月1日に行った最終講義『家庭医・総合診療医の育成』では「地域で支えていただいた方々への感謝」と副題をつけていたのにも関わらず、十分に謝辞を述べる時間がなかった。90分講義をして30分で質疑やセレモニーだと思っていたら、直前に講義は55分と知って慌てた次第である。この『伝言』では、特にお世話になった方々へお礼を述べたい。

 

 高澤奈緒美さんは、福島で最初に後期研修医として家庭医を目指してくれた勇気ある医師である。彼女の行動が、次に続く福島で家庭医を目指す人たちを呼び込んでくれた。旧県立会津総合病院の佐藤勝彦院長(現大原綜合病院理事長)には、私と高澤奈緒美さんが外来診療をしながら学ぶ場を提供していただいた。赴任してわずか1ヶ月のことだった。その後、不幸なことに、赴任後4ヶ月で私が急性心筋梗塞で倒れた時も、佐藤院長は病院をあげて私のケアに尽くしていただいた。主治医の宗像源之先生(現会津医療センター講師・病院教授)の配慮の行き届いた診療にも深甚なる感謝を申し上げる。命の恩人である。

 

 家庭医療は、地域を基盤とした診療・教育・研究領域であるので、病院を出て地域にフィールドを確保する必要がある。その意味で、私の赴任後まもなくして起きた、只見町と保原町との出会いは幸運だった。まさにセレンディピティーと言える。只見町の小沼昇元町長と渡部勇夫診療所事務長(現町長)は、医大に私を訪ねてきて下さった。保原中央クリニックを運営する仁泉会の佐藤喜一理事長は、まだ私が北海道にいたときから訪ねてくれて、家庭医育成を「私の夢」として応援していただいた。こうして、公立・私立など設立母体にかかわらず、共通の理解基盤でビジョンを共有できた人たちで、広い福島にネットワークを形成できたのは得難い幸運だった。 

 

 福島県に広がるネットワークとして、いわき市の養生会かしま病院の故中山元二前理事長、大(まさる)現理事長父子のご貢献は特筆に値する。法人をあげて家庭医・総合診療専門医の育成をサポートしていただいた。感謝に堪えない。特に、そこで育った専攻医と指導医たちが、ジェンダーに関わらず、ワークライフバランスのとれた、伸び伸びと子育てを楽しみながら地域で活動する家庭医のモデルを示してくれたことが嬉しい。さらに、地域の医療者のみなさんが家庭医療を学ぶ「実践家庭医塾」を毎月継続して開催していただいた。コロナ禍でオンライン開催が続いた後で、最終回(実に第143回!)を今年316日に対面開催で用意していただいたことは、心温まるメモリーとして生涯私に残るだろう。

 

 一方で、地域でのプライマリ・ヘルス・ケア教育の価値を認めない人たちと医療機関が存在したことは残念だった。ただ、大きなビジョンを共有する人たちとの協働を進めることを優先したため、それだけでも限られた時間と資源では足りず、私たちが抱く価値観について理解しようとしない人たちへ十分に時間をとって説明する機会が作れなかったことは、私の不徳の致すところである。次世代ではもっと広い協働へ向けてステークホルダーたちの参加が進むことを期待している。

 

 当講座立ち上げに関係した福島県職員の方々にも大変お世話になった。当時まだ福島県立医科大学が独法化する前の体制で、県庁とは事務機能がリンクしていた。もちろんそれぞれの部門で統括する方々にもお世話になったが、「前例のない」ことを企画する、ある意味役所には不得手の課題を乗り越えなければならなかった。そこで、どうしたらできそうなのか実際面の戦略を相談させてもらった堀切さん、吉田さん、高木さん、そして小島さんたちの協力無くして福島県における今の家庭医・総合診療専門医育成システムはありえない。会津地方をそれこそ「行脚」と言うのがふさわしいような巡り方で、ある時には温泉に浸かり、ある時は地酒を酌み交わしながら、現場の人たちの協力を引き出すために奮闘していたことを懐かしく思い出す。

 

 県庁とのコラボレーションでは、当時の佐藤雄平知事のご理解とご支援には大変感謝している。私の教授就任祝賀会にもわざわざご出席いただいて、福島で家庭医を目指す一期生、二期生を励ましていただいた。南会津のご出身で、地域に密着した保健医療への思い入れが強かったことが幸いした。私の親友である、英国家庭医学会の元会長ロジャー・ネイバー先生の来日に際しても、佐藤知事には面談の機会を作っていただいた。

 

 そして忘れてならないのは、当講座の代々の秘書さんたちである。大変お世話になった。初代の千葉篤子さんには、立ち上げ時のいわば混沌とした状況で日々膨大な業務が押し寄せる状況を適切にさばいて、私を支えてもらった。ついで佐藤姉妹(亜希美さん・奈津美さん)に支えてもらった。そして現在の玉木真奈美さんと國分由香さんには、それぞれ15年間、13年間の長きにわたり働いてもらった。日本専門医機構の総合診療専門研修プログラムと日本プライマリ・ケア連合学会の新・家庭医療専門医制度が始まり、講座メンバーと地域のサイトが拡大して事務作業がどんどん増えるなか、いつも穏やかな態度で困難を引き受けてくれた。私の働き方で、地域での指導がメインになるため、医大のオフィスに戻ることは少なかった。でも、工夫しながらいつでもどこでも適切な連絡がもらえた。当講座メンバーが素敵なチームになったカゲの立役者である。

 

 地域から家庭医へ力強いエールを送り続けていただいたのは、南相馬のNPO法人はらまちクラブ理事長の江本節子さんだ。高齢に関わらず(失礼!)実に若々しい行動力で、災害後にも力強いリーダーシップで「被災者が被災者を支援する」模範を示し続けている。毎年開催していただいた勉強会で、ご一緒に「シルバー川柳」で笑いながら、心と身体をゆるめましたね。

 

 日本で家庭医療学の認知度を高める上で標準的テキストの出版は重要である。今でこそ「総合診療」の名を冠した書籍には一定の読者がつくが、日本でまだどの出版社も家庭医に興味を示してくれなかった時代に、この分野の出版にいち早く着手していただいた永井書店東京店、後のぱーそん書房の高山静前編集長と山本美惠子代表取締役の勇気ある慧眼に敬意を払いたい。永井書店時代の『スタンダード家庭医療マニュアル―理論から実践まで』、そしてぱーそん書房時代の『メディカル・ジェネラリズム:なぜ全人的医療の専門性が重要なのか』と『マクウィニー家庭医療学』の出版では大変お世話になった。心からのお礼を申し上げたい。

 

 まだまだお礼の言葉を述べなければならない方々は尽きないが、私の退職のタイムリミットがあるので、ここで失礼させていただく。

 

 今後もウェブマガジン『Wedge ONLINE』( https://wedge.ismedia.jp/category/familydoctor )で毎月、『家庭医の日常』を伝えていく予定なので、ぜひお読み下さい。

 

 お読みいただいたすべての皆様、皆様のご家族・友人、ケアをする人たちのご健康とご多幸をお祈りします。本当に長い間、どうもありがとうございました!



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