リュージュ(龍樹)の伝言

第6回:プライマリ・ケアの逆説

2012/12/15

 プライマリ・ケアを行う医師は、疾患特異的なケアの質では専門医に劣るという臨床研究が多い。ところが、プライマリ・ケアは全人的レベルでの価値、健康、公平さ、費用、そして地域住民レベルでのケアの質においてより優れているという研究結果もある。プライマリ・ケアの優劣について相反した結論のようにみえるが、このことは「プライマリ・ケアの逆説(The paradox of primary care)」として知られている[Stange KC, Ferrer RL. Ann Fam Med 2009]。

 

 「疾患特異的なケアの質」とは、それぞれの疾患の診療ガイドラインにどの程度沿って診療が行われているかで評価されることが多い。評価基準となる診療ガイドラインは、その疾患についてのエキスパートによって、その疾患の臨床研究の科学的エビデンスを参考に作成されることが多い。

 

 ここでの問題は、まだ多くの臨床研究がプライマリ・ケアの現場から生み出されていないことである。臨床研究では、通常その疾患のエキスパートに受診している患者が研究対象として選択される。だが実際に私たちが住む地域には、それぞれの疾患でエキスパートによる診療が必要ない程度のコモンな状態の人が8割程度いて、家庭医療先進国ではプライマリ・ケアの範囲内でケアが行われている。さらに症状があっても医療機関に受診しない人、疾患の診断基準を満たさない人、「未病」という病気に向かう状態の人、そして健康だと思っている人がいる。

 

 さらに、まだ多くの臨床研究の対象者が、その研究の対象になっている疾患のみを持っていることで選択されている。ところが実際には、高齢者のみならず全患者の4割が2~3種類の慢性疾患を抱えているのである[van Weel C. Eur J Gen Pract 1996]。こうしたcomorbidity(共存症、併存症)あるいはmultimorbidity(多疾患罹患、重複罹病)と呼ばれる状態の人たちは、複雑な因子が影響するので単純なリニアな因果関係モデルで捉えようとする既存の臨床研究の対象からは外されてしまう。

 

 このように、疾患特異的な科学的エビデンスのみでは、実際に社会で起こっていることを把握しにくいことを理解しておくことは重要である。特定の疾患の二次ケアという限局したコンテクストでは有益であっても、より複雑なコンテクストを包含する地域住民全体(ポピュレーション)の健康を考える際には限界がある。ヘルスケアの実績評価、概念化、最適モデル形成などにも不向きであろう。

 

 プライマリ・ケアの逆説を乗り越えるには、包括性、優先性、コンテクスト、個別性を考慮したケア、心理社会的因子、疾患予防、健康と意味の最適化、そして継続する人間関係などというプライマリ・ケアの付加価値を理解することが必要である。これらは疾患レベルの評価では分かりにくい。別の評価尺度が必要だ。

 

 最近、病院の救急部門(Accident & Emergency)での救急専門医と家庭医とのパフォーマンスを比較した研究結果を用いて「家庭医は不要」と言っている議論を聞いたが、これなどもプライマリ・ケアの逆説を越えることができていない良い例である。さらに忘れてならないことは、プライマリケア・ケアと二次ケアは、その優劣を競い合う関係ではなくて、患者や地域住民の健康のために連携する相補的な関係であるということだ。



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