リュージュ(龍樹)の伝言

第18回:タスマニア(下)

2013/03/10

 Rural Clinical Schoolのあるタスマニア北西部の町Burnieから東南東へ約150kmのところにタスマニア第2の都市Launceston(人口約10万人)がある。ルートの前半はオーストラリア大陸との間にあるバス海峡の美しい海岸線を、そして後半はワイナリーが続く丘陵地帯を眺めながらの快適なドライブだ。へき地を多数抱えるタスマニアと言っても、町と町をつなぐ主要な道路は片道2車線、制限速度110 km/h の高速道路(無料)である。

 

 Launcestonではタスマニア大学(UTAS)の医学生が臨床医学を学ぶLaunceston Clinical School(LCS,http://www.utas.edu.au/medicine/about-us/campuses/lcs )などを訪問した。ちょうどUTASの医学校のキャンパスがBurnie、Launceston、Hobartの3か所にあるような感じで、医学生は5年間の卒前教育の1~3年次には主としてHobartで学び、4~5年次では3つのキャンパスの中から希望するところを選択し、その地域に滞在して学んでいく。

 

 LCSでは実際の患者さんがボランティアで臨床教育に参加するP3と呼ばれるPatient Partner Program(http://www.utas.edu.au/medicine/programs/p3 )を開発してきており興味深かった。学生は、毎週そのP3の患者さんを相手に患者中心の外来診療のトレーニングをしている。現在P3に登録されている360名以上の患者さんは、学生を指導する家庭医たちの実際の患者さんで、いつもの家庭医の診療とは別の時間に、ボランティアで患者役をして学生教育に協力している。日本の模擬患者とは異なり、学生は、患者さんから実際に彼らが持っている病気の経験について聴くことができ、彼らの持つ実際の身体所見を診察することができる。このプロセスはビデオ録画され、その学生のパフォーマンスに対する評価は、独自に開発した標準化された評価ツールを用いて、指導する家庭医と同級生、そして患者さんからフィードバックを受ける。学生の臨床技能の向上だけでなく、患者さん自身にとっても自らの癒す力を引きだすことができ、家庭医-患者関係が強化されているという成果がエビデンスで示されている。

 

 Launcestonからさらに高速道路を南へ約200km下るとタスマニア南東部の複雑に入り組んだ海岸線にぶつかり、ほどなくタスマニアの州都Hobartに到着する。シドニーに次いでオーストラリアで2番目に古い都市で、人口は約21万人。多くのヨットが停泊している開放的な港を望む明るい街並みだ。

 

 UTASの医学校には世界レベルの医学研究所であるMenzies Research Institute Tasmania(MRIT,http://www.menzies.utas.edu.au )がある。医学の他の分野と同様、プライマリ・ケアの研究でもかなりレベルの高いプロジェクトと人材養成(研究の教育)でリーダーシップを取っている。今回私たちの訪問・見学を親切に受け入れてくれた家庭医療学講座主任のMark Nelson教授のグループは、高血圧、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性疾患の管理、看護師の役割、質的研究などのテーマで精力的に研究をコーディネートしている。特に、第2次オーストラリア全国高血圧診療アウトカム調査であるANBP2研究(対象者6083人。Clin Exp Pharmacol Physiol 2001;28:663-667)、高齢者でのアスピリンの心血管イベント予防効果についてのASPREE研究(対象者9584人。MJA 2008;189:105-109.)などにみられるように、オーストラリア全国の家庭医が参加する大規模トライアルを行っている。全住民の90%が家庭医を受診するオーストラリアならではの、地域の家庭医がネットワークを組んで実施したプライマリ・ケア研究だ。

 

 残念ながら日本ではまだプライマリ・ケアのフィールドでの研究が臨床研究として広く認知されていない現状であるが、今回の訪問をきっかけに、今後UTASのMRITから研究を志向する人材養成や国際共同研究についても協力が得られることになったので、プライマリ・ケア研究を志向する日本の若手家庭医・総合診療医の参加者を全国から募り、臨床研究能力開発コースとして発展させたい。

 

 その他にも、地域の家庭医療診療所、専門研修のプロバイダー、保険診療におけるプライマリ・ケアのサポート、地域で家庭医と協働する専門看護師を育てる取り組み、医学生と大学医学校の国際化、…などなどタスマニアにおける多くの動きについて、それぞれの施設・機関を訪問して担当者からとても好意的に話を聴かせてもらえた。歴史的・地理的経緯もあるが、彼らは広く世界の他の地域と交流し積極的に世界へ発信していく姿勢を持っている。そうした彼らの国際的リンクのなかに、福島も暖かく迎え入れてもらえたようである。



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