リュージュ(龍樹)の伝言

第20回:プライマリ・ケアの研究(上)

2013/03/29

 嬉しいことに、先月Mark van der Wel君がPhDの最終審査を受けることになり、そのThesisが私のもとにも一冊送られてきた。Markはオランダの若手家庭医で、彼の師匠、地域プライマリ・ケア講座主任のChris van Weel教授(『The Lancet』の編集委員を10年間務めている)と私は、1994年のWONCA(世界家庭医機構)の研究ワークショップに参加して以来の親交がある。若手の国際交流を振興するために、Chrisから推薦してもらって、Markと彼の同僚Tim olde Hartman君を2010年2月に日本に招待して、福島、仙台、東京で若手家庭医向けセミナーを開いたことがある。「Mark、いよいよだね。グッドラック!」と学位審査の成功を祈念した。

 

 オランダのプライマリ・ケアの研究は質・量ともに世界一である[Glanville J. BMJ 2011]。その主たる要因は次の3つだと私は考えている。(1)プライマリ・ケアのシステムが出来上がっていること、(2)プライマリ・ケアのデータベースがあること、そして、(3)家庭医・総合診療医(以下GP)によるプライマリ・ケア研究の教育が充実していること。このうち、今回と次回の『伝言』で、プライマリ・ケア研究の教育について紹介しよう(1と2についてはまた後日改めて紹介したい)。

 

 オランダで最古の都市Nijmegen(発音が難しいが日本語ではナイメーヘンと表記されることが多い)にあるRadboud大学では、GPの専門医研修をしつつ大学院博士課程でPhDを取得するコースがある。通常GP専門医研修のみだと3年間、PhDのみだと4年間かかる独立したプログラムを合体させて、学習者のニーズや生活スタイルに合うように柔軟にプログラムを組めるようにして、6~8年でGP専門医とPhDの両方を取得できるようになっている。診療と研究それぞれのトレーニングを毎週半分ずつする人もいるし、診療と研究を一年ずつ集中して交互に行う人もいる。GPが行う地域を基盤としたプライマリ・ケア研究の良いところは、診療と乖離することなく継続が可能なことであり、実際、このプログラムで学んだMarkやTimに聞くと、自分の研究活動と診療活動が互いに刺激し合って研修・仕事・生活の質を良くしていると評価している。

 

 Radboud大学でPhDの審査を受けるには、Thesis(博士論文)を提出しなければならないが、その用件は “Minimum 4 international, peer reviewed publications”、つまりオランダ国内の医学雑誌ではなくて、国際的な医学雑誌の査読を受けて出版された論文が最低4つなければならない。このハイレベルな条件が、オランダのプライマリ・ケア研究を世界一にしてきたのだと思う。

 

 Radboud大学のプライマリ・ケア講座にはChrisの指導の下にいくつかの分野の研究チームがあり、そのどれかに所属して先輩・同僚たちの共同研究に加わって仕事をすることで研究手法を学んでいく。その分野での先行研究や研究方法などの豊富な情報や先輩たちの経験がいわば屋根瓦式に大きな財産として積み上げられていく。こうした環境が、GPとして質の高い診療を続けながら優れた研究を多数生み出し、PhD取得を目指すことを可能にしているのだ。



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