リュージュ(龍樹)の伝言

第30回:長崎は雨、そして青森も…

2013/09/10

 ときおり雷光によって海岸線が舞台の書き割りのように浮かび上がる。雨が降る暗闇の中を曲りくねった道を車で移動しているので、この瞬間に自分が海の近くにいることを知ることが出来る。かつて見たことがある光景だ。どこだっただろう。もしかしたら映画のシーンだったかもしれない。8月末の金曜日、私は台風が翌日の未明にやってくるという長崎県内を、講演を終えた平戸から長崎空港のある大村へ向けて移動していた。

 

 長崎に来たのは、平戸市民病院で開催された長崎大学のへき地病院再生支援・教育機構の「平戸と大学で育てる地域医療『地域医療とケア』を考え・体験する夏の合宿企画」(通称「夏合宿」)に講師を頼まれたからだ。長崎市で医学生佐世保駅に車で迎えてもらい、光栄なことに、平戸での地域医療教育プログラムの立ち上げに尽力された長崎大学学長(当時)の齊藤寛名誉教授とご一緒した。当時のお話を拝聴しながらの旅が始まった。

 

 しかし、すぐさま天気が変わり、平戸までの1時間半の道中は、日本海側からのびる前線の活発な活動で、台風とは直接関係ないまた別の猛烈なゲリラ豪雨に見舞われた。ところどころ道路が冠水して通行止めの危険もあり、帰路が危ぶまれた。五里霧中ならぬ五里雨中(しかも大豪雨)の旅になった。

 

 雷も鳴り出した頃、ようやく目的地の平戸市民病院に駆け込みほっとした。しかも昨年お会いしたことがある機構(平戸臨床教育拠点)の度島容子さん、押淵徹院長ら懐かしい面々に迎えられて我が家に帰ったような気分がした。夏合宿の主催者である機構長の調漸教授と准教授の中桶了太先生は、お揃いのピンク色のかわいいポロシャツを着ていた。悪天候でも(苦労はあっても)、このように遠隔の地で、地域医療とその人財養成に情熱を燃やす同志に再会できることはとても嬉しい。こころが温まる。私のテンションも上がった。

 

 夏合宿初日の講演として、私は『家庭医療学をもっと知ってほしい』と題してお話しした。長崎大学医学部の学生もたくさん参加すると聞いていたので、彼らの将来目指すべき医師としてのキャリアのひとつとして、家庭医療学が十分満足できる専門領域であることを知ってもらいたかった。

 

 まず、8月10日に出版したばかりの『医療大転換 —日本のプライマリ・ケア革命— 』に書いたケースを示して「日本の医療のどこが問題か」を参加者同士で語ってもらった。その後、COPDと高血圧を例にして、家庭医の世界的な取り組みや、プライマリ・ケア領域での臨床研究についても語った。そして、単に病院・診療所にやって来る患者を待っている医師ではなくて、①プライマリ・ケアチームを調整のハブとして働かせ、ひと・もの・サービスの「絆」を作る、②人々のこころのなかにある健康づくりへの願いを引き出し、それを家族で、地域で、束ねていくという、地域での家庭医の役割をソーシャルキャピタルの蓄積という文脈で説明した。最後にこれから日本で「総合診療専門医」と呼ばれる専門医が、『マクウィニー家庭医療学』に書かれているような深い専門性を持った(世界では「家庭医」と呼ばれる)地域を基盤とした専門医にならなければならないと結んだ。講演前日に長崎市で会う機会があった人たちも含め、長崎の医学生たちは地域医療への志向性が高く、ここでも熱心に話を聴いてもらえた。嬉しかった。

 

 翌日早朝、台風が接近して欠航便・遅延便が多数出る長崎空港から何とか飛び立ち、羽田経由で青森空港へ降り立った。日本プライマリ・ケア学会東北ブロック支部の幹事会と第3回学術集会に参加するためだ。ここでも活発な前線の影響で強い風雨に迎えられた。しかしこの時点では、この青森であんなにも熱気に満ちた2日間の学術集会が待っているとは思っていなかった。

 旅はまだ終わらない…



リュージュ(龍樹)の伝言
カテゴリ
見学・実習希望
勉強会開催予定
フェイスブック公式ページ

pagetop