リュージュ(龍樹)の伝言

第44回 『マクウィニー家庭医療学』

2015/05/24

 おととい、訳者としてすべての最終校正を終え、いよいよ『マクウィニー家庭医療学(下巻)』が出版される。2週間後には実物を手に取ることができるそうだ。ちょうど6月13日・14日に日本プライマリ・ケア連合学会の第6回学術大会がつくばで開催されるので、そこの書籍コーナーで手に取る人も多いだろう。とても楽しみである。

 

 この翻訳には、本務以外で空いている時間を使って、その他の仕事と比べてかなり優先度を高くして取り組んだつもりだが(この『リュージュの伝言』の執筆が疎かになったのもそんな事情・言い訳がある)、それでも、結果として上巻の出版から2年の歳月が経ってしまった。

 

 もちろん「空いている」時間自体がかなり少なく、その間、海外のイベントだけでも、オーストラリア/ブリスベンでの豪日協会(AJS)での招待講演、台湾/台北での世界家庭医機構(WONCA)アジア太平洋地域学術大会のplenary lecture、およびChris van Weel教授とのプライマリ・ケア制度の国際比較シンポジウム、そして英国/エジンバラでのFRCGP(英国家庭医学会最高名誉正会員・専門医)贈呈式とエジンバラ大学での“Richard Scott Lecture”(記念講演)などの準備があり、加えて『British Journal of General Practice』誌と『Asia Pacific Family Medicine』誌に出版される論文(前者は2本)も書いていたので、相当忙しかった。とは言え、とにかく時間がかかってしまい、下巻の出版を首を長くして待ち望んでいるみなさんをお待たせしてしまいました。ごめんなさい!

 

 福島県内5箇所の当講座の診療・教育拠点へ行くことを含め私は移動が相当多いが、どこへ行くにも原書『Textbook of Family Medicine(第三版)』と2013年に出版した原書第1部の全訳である『マクウィニー家庭医療学(上巻)』を携えて行った。そして狭いところや暗いところでも仕事ができるように、いつも折りたたみの書面台とUSB電源のLEDライトもカバンに入れていた。もちろんパソコンとその周辺機器も。それらをキャリーバックにオールインワンで詰め込んで引き回し、まさに「動くオフィス」状態だった。

 

 狭義の医学を越えた幅広い領域を深くカバーする原書なので、その翻訳には辞書を確認するだけでは足りず、インターネットで検索できる環境が必須だった。その言葉が日本語でどのように「定着」しているかをウェブ上で何度となく調べた。たとえば、「cardiovascular disease(CVD)」の訳語として「心血管系疾患」「心血管性疾患」「心血管疾患」「心臓血管疾患」などのうちどれを用いるのか。「controlled trial」は「比較試験」か「対照試験」か、それとも「比較対照試験」か。いちおう、より多くの公式のサイトが標準的に用いている日本語をできるだけ採用したつもりである。もちろん異論もあるに違いない。

 

 時間の節約を期してプロの翻訳家や英語が堪能な人に一部の下訳を依頼したこともあるが、これは見事に失敗した。出来上がった日本語は滑らかで読みやすかった。しかし、その陰で原書の著者Ian McWhinneyの伝えたい重要な考えはこぼれ落ちてしまっていた(と私には思えた)。

 

 たとえば、行間を読むことは難しい。まして行間を「翻訳する」ことはもっと難しい。英語の上手い人は、「行間」に隠れている意味について日本語を補って翻訳してくれた。確かに読みやすい。だが、それはその人自身の解釈であって、Ianの伝えたい含蓄ではない(と私には思えた)。Ianの含蓄を理解するには、そこで立ち止まり、自分の経験を振り返り、自分のコンテクストの中でそのメッセージがどういう意味を持ってくるのかを考えることが必要なのだと思う。いわばIanとの「内的対話」が必須なのだ。言葉を補うことが、かえって不適当な場合が多い。

 

 ということで、結局、訳者が一から全部言葉を探した。行間の意味については、訳者の解釈は入れないか、入れても敢えて最小限にしている。たぶん日本語としては読みにくい、引っかかりの多い文章になっていると思われるが、どうかご容赦いただきたい。「この本は、英語がネイティヴの人にとっても、さらっと読める簡単な本ではけっしてないのだ」という一種の開き直りで、できるだけIanが書いていることを正確に伝えようとした結果なのです。

 

 その他、原書と日本語版に関することは、『マクウィニー家庭医療学(下巻)』の「日本語版(下巻)序文」、そして特別に「あとがき」も書かせてもらったので、ぜひそれらをお読み下さい。



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