カルバニオンの“オモテ”と“ウラ”を区別する

今回は、私の行っている研究について紹介したいと思います。

有機化合物は「炭素原子」を骨格とする化合物ですが、「炭素原子」が4つの結合を形成できるため、多種多様な構造が存在します。炭素を中心に4つの結合が単結合として存在する場合正四面体構造となりますが、4つの原子団(a,b,c,d)がすべて異なると、その化合物(1)は、自身の鏡像体(鏡に映った化合物)(ent-1)と重なり合いません。このような化合物を「キラル」な化合物と言います。

医薬品を合成する場合、「キラル」な化合物(1とent-1)は生体によって識別されるため、この2つを作り分けることが重要になります。この時、片方の鏡像体として存在するアミノ酸などの誘導体(2)を原料として構造変換を行うというのが作り分けの手法の一つです。2のプロトン(H+)を塩基によって引き抜いて、マイナスの電荷をもつ炭素原子(カルバニオン)(3)を発生させ、プラスの電荷を持つ反応剤(d+)と反応させることができれば、原理的には片方の鏡像体1が得られます。しかし、ここで問題となるのは、塩基によるプロトン(H+)の引き抜きによってカルバニオンを発生させるためには、ケトン、エステル、ニトリルといったプロトンを抜けやすくする置換基が隣に存在しなければならないが、これらの置換基はカルバニオンの正四面体構造(3)を瞬時に平面構造(4)に変化させてしまうということです。こうなると、反応剤(d+)はオモテとウラから1:1の確率で反応し、生成する化合物は鏡像体の1:1の混合物になるため、このような手法で片方の鏡像体を作り分けることは不可能と考えられてきました。

しかし、われわれは、基質に工夫を施し反応条件を精密に制御した上で、プロトン(H+)を引き抜く「塩基」の種類等を変えることで、2つの鏡像体をほぼ完全に作り分ける(5 → 6 or ent-6)方法の開発に成功しました。

このような、これまで常識的には不可能と考えられていることを、いかにして可能にできるかを考えることは、研究の最大の魅力だと思います。

カルバニオンの生成過程を示す化学反応図。キラル化合物のオモテとウラの違いを説明。

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