福島県立医科大学 研究成果情報

オランダ雑誌「Clinical Neurophysiology」掲載(令和3年1月)(2021-01-27)

Omission mismatch negativity of speech sounds reveals a functionally impaired temporal window of integration in schizophrenia

言語音オミッションミスマッチ陰性電位は統合失調症の時間統合機能の障害を明らかにする

森 湧平 (もり・ゆうへい)
医学部 神経精神医学講座 大学院生
        
研究グループ
森 湧平、星野 大、志賀 哲也、菅野 和子、刑部 有祐、和田 知紘、板垣 俊太郎、三浦至、矢部 博興(Cognitive Neuro Physiology(CNP)チーム)

概要

論文掲載雑誌:「Clinical Neurophysiology」(令和3年1月)


 ヒトは無意識的に周囲の音の変化を検出する能力があり、変化音に対するこの自動的な検知能力を反映するのがミスマッチ陰性電位 (Mismatch Negativity:MMN)です。またMMNは音声情報の記憶に関連しているとされており、MMNを発見したNäätänenが提唱した記憶痕跡説(memory trace theory)によれば、標準刺激音は感覚記憶(sensory memory)に記憶痕跡(memory trace)として保存され、新たにやってくる変化音と比較照合され、その変化量をMMNが反映とされています。そして記憶痕跡として保持される音声情報は約150~170msの長さの時間統合窓(temporal window of integration:TWI)機能によって統合されることが分かっています。

 一方、精神科領域においてMMNは臨床応用が進んでおり、統合失調症における有望な神経生理的バイオマーカーの一つとして期待されています。興味深いことに早期の統合失調症患者のMMN 減衰は、周波数変化MMN等と比較して持続長変化 MMN(dMMN)で顕著であることが報告されています。この理由として、dMMN の異常は、TWI の機能不全によって引き起こされている可能性が考えられます。 

 そこで我々は、統合失調症におけるTWI機能を調査するために、このTWIに相当する約170msの時間長の言語音刺激を用い、その欠落部の時間的位置の違いが統合失調症患者におけるMMNに与える影響について、健常者を対照に調査しました。その結果、両群でTWIの50ms付近で最も潜時が短縮する共通の傾向を認めたものの、統合失調症患者群においては、TWIの前半部と後半部において有意なMMN潜時延長を認めました。この延長は、統合失調症患者ではTWI前部・後半部の感覚トレース機能が低下していることが示唆しています。したがって統合失調症におけるこれらのMMNの違いはTWIの障害に起因している可能性が考えられました。

 統合失調症は生涯有病率が 1%で、精神科入院の約半数を占める難治の精神病です。統合失調症は発症早期の治療開始が有効ですが、現在の診断学は患者の心理症候という非生物学的手段に依存しています。そのため統合失調症の科学的診断に、生物学マーカーを同定することが急務と考えられます。将来的には、TWIの前部もしくは後半部の障害をよりよく反映するパラダイムを用いることで、MMNを統合失調症のバイオマーカーとして用いることが容易になるかもしれません。今回の知見は、バイオマーカーに基づいた診断法の開発に貢献するものと思われます。


連絡先

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