福島県立医科大学 研究成果情報

国際科学誌「Gastric Cancer」掲載(2020年6月6日)(2020-09-08)

Selective sensitivity of EZH2 inhibitors based on synthetic lethality in ARID1A-deficient gastric cancer.

ARID1A欠損胃癌に対する合成致死に基づいたEZH2阻害剤の選択的感受性の検討

山田 玲央(やまだ・れお)
医学部 消化管外科学講座 助教

河野 浩二(こうの・こうじ)
医学部 消化管外科学講座 主任教授

        
研究グループ
消化管外科学講座 山田玲央、齋藤元伸、齋藤勝治、Aung Kyi Thar Min、遠藤英成、加瀬晃志、芦澤舞、中嶋正太郎、小野澤寿志、岡山洋和、遠藤久仁、藤田正太郎、坂本渉、佐瀬善一郎、門馬智之、三村耕作、大木進司、河野浩二

概要

癌の発生機序において、癌細胞の増殖を抑え込むがん抑制遺伝子が果たす役割は大きく、それらの遺伝子の変異が生じてがん抑制機能が損なわれた場合は、癌化が促進されることになります。しかしながら、機能が失われているがん抑制遺伝子自体を治療の標的とするのは難しく、今まで直接の治療標的とはなり得ませんでした。

今回我々が着目したAT-rich interactive domain 1A (ARID1A)遺伝子はクロマチンの再構成を担うがん抑制遺伝子であり、胃癌において約3割と比較的高頻度に失活型変異を認めます。また、ARID1A遺伝子は胃癌の発生を強く引き起こすドライバー遺伝子の一つでもあることを踏まえると、高い治療効果が望める標的であると推察されます。しかしながら、ARID1A遺伝子はがん抑制遺伝子であるという特性上これまでは直接の治療標的とはなりえませんでしたが、近年、「合成致死」という概念に基づいた治療法の有効性が報告され、その治療標的としての有用性が期待されています(BRCA1遺伝子変異卵巣癌に対するPARP1阻害剤など)。「合成致死」とは、互いに補い合ってDNA損傷の修復を担う2つの遺伝子のうち、一方の遺伝子が欠失するだけではがん細胞は生き続けますが、さらにもう一方の遺伝子を欠失させることでDNA修復を困難とさせ、がん細胞のアポトーシス(細胞の自殺)を誘導するという概念です。ARID1Aに対してはEZH2が合成致死性を示すことから、今回我々はARID1A欠損型胃癌におけるEZH2阻害剤の有用性を検討しました。胃癌細胞株を用いての実験において、EZH2阻害剤の投与によりARID1A遺伝子がもともと欠損しているタイプのみならず、人工的にARID1Aの機能を抑制した胃癌細胞でもARID1Aが正常に機能している細胞と比較して、優位に細胞増殖を抑制できることを明らかにしました。さらに、TCGAデータベースを用いてこれらの機序を検討したところ、PIK3IP1とそれにより抑制されるPI3K/AKT経路がARID1AとEZH2の合成致死性に関与することが示唆され、実際に細胞実験にてその関与が確認できました。

本研究は、ARID1A欠損胃癌においてEZH2阻害剤による標的治療の有効性が示された世界で初めての報告になります。臨床現場において遺伝子プロファイリング検査が普及してきていることから、今後ARID1A欠損胃癌の同定頻度が増えることが予測され、遺伝子変異に基づいた治療法の選択に本研究が寄与することが大いに期待されます。


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