福島県立医科大学 研究成果情報

米国 神経科学会誌 「The Journal of Neuroscience」 速報版(2008-10-08)

世界初 神経再生治療への光明となるたんぱく質の役割を解明

末梢神経のネットワーク形成に重要な役割を果たすたんぱく質の発見 -“通せんぼ”たんぱく質「ネトリン-1」の役割を世界で初めて解明-

 公立大学法人福島県立医科大学医学部神経解剖・発生学講座(教授・八木沼洋行)の増田知之助教らの研究チームはこのほど、神経のネットワークを形成するメカニズムの一端を分子レベルで解明することに成功しました。

  増田らはこれまで、マウス等を用いた実験で神経回路がどのようなメカニズムによって形成されるかを研究しており、今回の発見に至りました。この発見は脊髄損傷等の重篤な神経損傷に対する、より効果的な治療法の開発につながる可能性があります。
本研究の成果は10月8日付けの米国の神経科学会誌(The Journal of Neuroscience)の速報版で発表されました。なお、本研究は自然科学研究機構生理学研究所(愛知県岡崎市)との共同で行われたものです。

 物事を考える、身体を動かすといった日常活動を私たちが円滑に行うためには、体内の神経細胞(ニューロン)が「軸索」と呼ばれる突起を適切な方向に伸ばして神経のネットワークを構築する必要があります。脳も含め全身に張り巡らされたこのネットワークは一見無秩序にみえますが、遺伝子のプログラムによってあらゆる人の体内に同じ神経回路網が精密に構築されています。しかし、遺伝子がどのようなたんぱく質を操り、この回路網を形成しているかについては断片的な知見しか得られておりません。
 手足の痛みや熱さといった感覚は、全身に張り巡らされた末梢神経の軸索のうち、感覚を伝える軸索(脊髄神経節ニューロンの軸索)を経由して脳に伝えられます。この軸索の回路網は胎生期にほぼ完成しますが、その形成メカニズムの大半は未解明なままでした。
「ネトリン-1」と呼ばれるたんぱく質は、脊髄神経節ニューロンの軸索が進んで行かない所に存在しており、この軸索に対して「通せんぼ」をするたんぱく質である可能性が考えられました。そこで、ネトリン-1たんぱく質を産生する細胞を作って調べたところ、ネトリン-1は脊髄神経節ニューロンの軸索を「通せんぼ」する力を持つたんぱく質であることがわかりました。
次に、ネトリン-1が「通せんぼ」たんぱく質として実際に身体の中で働いているかを調べました。ネトリン-1の遺伝子をなくしたマウスの脊髄神経節ニューロンの軸索を調べたところ、間違った方向に進んでしまうことが判明しました。さらに、遺伝子操作で身体の中の本来存在しない所にネトリン-1たんぱく質を作らせたところ、軸索が迷ってしまう様子を観察することができました。
これらの事実は、ネトリン-1が実際に体内で「通せんぼ」たんぱく質として働いていることを強く示唆していると言えます。以上より、本研究はネトリン-1が末梢神経軸索に対する「通せんぼ」たんぱく質であることを世界で初めて示した点で画期的です。

 胎生期だけでなく大人になってからも、ネトリン-1たんぱく質は体内の様々な部位に存在しています。また最近の研究から、脊髄の軸索が損傷するとその周囲でネトリン-1たんぱく質が増加することが報告されています。
ネトリン-1たんぱく質の損傷箇所での働きを抑えることで神経再生が促進されることが予想され、神経損傷後の新たな治療法の開発につながることが期待されます。
 今後は神経発生の研究分野にとどまらず、神経再生治療における重要因子としてネトリン-1に注目が集まると思われます。

        

連絡先

増田知之(マスダ トモユキ)
福島県立医科大学医学部 神経解剖・発生学講座 学内講師
〒960-1295 福島市光が丘1番地
研究室電話;024-547-1116
E-mail; tmasu@fmu.ac.jp
●神経解剖・発生学講座のご紹介 http://www.fmu.ac.jp/cms/anatomy1/index_html