福島県立医科大学 研究成果情報

米国科学雑誌 「Journal of Cell Biology」(2008-01-08)

細胞の「揺りかご」の中のタンパク質1分子の可視化に成功 ーたんぱく質の細胞内品質管理の機構を知る手がかりー

「細胞の「揺りかご」の中のタンパク質1分子の可視化」 に関する論文

 福島県立医科大学生体情報伝達研究所細胞科学研究部門(教授 和田郁夫)では、細胞から分泌されるたんぱく質を産生・管理する「揺りかご」である小胞体(注1)内のたんぱく質1分子の可視化に成功するとともに、(多くの疾患をもたらす)たんぱく質の凝集の原因となる分子同士の不必要な衝突を阻害する装置が備わっていることを突き止めました。
 血液中などの細胞が外部と接触する環境で機能するたんぱく質は、細胞の中の小器官である小胞体で作られ、正しい構造ができるように監視され、許可を得たもののみが外に出ることが許されます。しかし、さまざまなストレス(注2)に曝される環境で、新しく生まれたばかりの分子をほとんど失敗も滞りもなく小胞体内で成熟させる仕組みはあまりよくわかっていません。
 当部門では、小胞体の中にあるたんぱく質の動きを直接見ることができればその仕組みが明らかになると考え、解析する方法を研究してきました。作られたばかりのたんぱく質には、不安定で他の分子と結合しやすい部分が露出しているため、そのまま衝突すると凝集体になると考えられます。今回、小胞体内部の1分子の可視化と解析に成功し、小胞体の中には未成熟な分泌たんぱく質の糖鎖(注3)を介して、それらの無用なぶつかり合いを細胞へのストレスに応じて抑える「減速装置」があることを明らかにしました。
 本研究によって、成熟途上のひとつの分子の挙動を直接解析することが可能となり、分子の健やかな成熟を可能にする品質管理機構の解明に向け、新たな基盤が築かれたといえます。
 本研究は、JST(科学技術振興機構)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)の「たんぱく質の構造・機能と発現機構」研究領域における研究課題「小胞体におけるたんぱく質の品質管理」(研究代表者:永田和宏京都大学再生医科学研究所教授)の一環として、和田郁夫(福島県立医科大学生体情報伝達研究所)教授のグループによって行われました。本成果は平成20年1月14日(米国東海岸標準時)に米国科学雑誌Journal of Cell Biologyに掲載されます。なお、本発表は、1月8日14時より、JST主導本大学共同発表として、文部科学省記者会見室において和田郁夫により行われます。

【 研究の背景と経緯 】

 血液を構成するたんぱく質をはじめとして、細胞の外側の環境に接する場所で機能する すべてのたんぱく質は、細胞の中の小器官である小胞体で合成され、生理的に機能を持つような構造に「成熟」するまで、小胞体で監視されます。生理的機能を持った時点ではじめて、それらのたんぱく質は外に向かうことが許されます。このため小胞体には、たんぱく質合成・成熟などの処理を行う「分子シャペロン」(注4)と呼ばれる分子群が備わっていて、それらが成熟化に関与することが、本研究グループも含めた多くの研究者によって、明らかにされてきました。
 しかしながら、小胞体という空間は、狭いところではたんぱく質数分子しか通れないような狭い管腔であり、なぜ大量の未成熟な分子の処理が可能なのかは説明することができていません。実際、試験管内で分子シャペロンの助けを借りて、分泌蛋白質の合成・成熟化を行おうとしても、細胞の中のような極めて高い効率で再現することはできません。そこで、研究グループは小胞体には未成熟な分子の動きを調節して、無用の分子間衝突を止めるための基盤となる機構があるに違いないと考えてきました。この解明のためには、一つひとつの分子を直接見て、動きを知ることができれば多くの情報が得られるはずですが、それは不可能とされてきました。

【 今後の展開 】

 細胞の中とは異なり、血中成分のように細胞の外で機能するたんぱく質は、外界の厳しい環境でも生理機能を発揮できるように、綿密な構造形成を行う必要があります。小胞体という「揺りかご」の中で分子が誕生してから成熟し、外に向かうまでのプロセスには、老化やさまざまなストレスがあります。もし、たんぱく質誕生・成熟というプロセスが速やかに起こらないと、血液や体液などが正しく機能できなくなるために、たとえば肺気腫や血液凝固異常、あるいは神経変性疾患など多種多様な疾患にもつながると考えられます。また、小胞体には成熟したたんぱく質がいつまでも小胞体の中に溜まらないように、適当な時期になると外に向かわせるための機構があると考えられ、その不全も多くの病気と関連することが知られていますが、詳細はよくわかっていません。
 今回の研究によって、新しく誕生した分子が成熟していく際の動きを直接詳しく観察することによって、これらの仕組みを解明することへの道筋が作られました。本論文の審査過程において、審査員からは「1分子の可視化による品質管理機構の研究という新たな分野を作った」と評されました。このような方法論が細胞内でのたんぱく質などの品質管理の研究に新たに加わることによって、近い将来、分泌という、細胞が背負った複雑なプロセスの調節が可能となり、分泌の異常に伴う多様な疾患の治療につながると期待されます。

【 用語解説 】

注1)小胞体:すべての真核細胞に存在する細胞内小器官で、中空の管が三叉状に連結した構造からなり(図1)、細胞内全域に張り巡らされています。この管の直径は10~100nm程度で、平均的なたんぱく質の大きさが5nmとすると、極めて狭いことがわかります。分泌たんぱく質は、翻訳直後に管腔内に取り込まれて、この内部で成熟化が行われます。安定な構造を獲得したたんぱく質は、小胞体内の特定の部位(輸送部位)に入り、顆粒にくるまれて輸送され、もう一つの小器官であるゴルジ体に運ばれ、最終的に外界に放出されます。

注2)ストレス:たんぱく質の立体構造の形成は、温度や浸透圧を含むさまざまな外部因子によって影響を受けます。ここでは、この影響を与える要素を総称して、ストレスと呼んでいます。

注3)糖鎖:この場合、アスパラギン結合型糖鎖のことを指します。これは小胞体の中で付加される14個の糖からなる集合体です。このため、分泌たんぱく質にしか存在しません。

注4)分子シャペロン:未成熟なたんぱく質に一時的に結合して、非生産的な相互作用を起こさないようにするための分子の総称。

注5)全反射顕微鏡:通常の蛍光顕微鏡では励起する光は真下から入れ、観察もその方向から行いますが、励起光をある程度斜めから試料にあてると、励起光がすべて反射される状態にすることができます。この時に試料側にエバネッセント光という特殊な性質をもつ光が浸みだし、これによって全反射面から100nm程度の領域だけが照らされます。このため、この領域だけにある分子を観測することができます。

注6)ブラウン運動:熱によって引き起こされるランダムな(拡散的な)動きのことです。その速さは温度と(その分子周辺環境との摩擦により生じる)粘性と、その分子の大きさにより決定されます。細胞内でのたんぱく質の動きは、事実上、これが上限となります。この動きを制約することによって、細胞機能のさまざまなプロセス調節が可能となります。

【 掲載論文名 】

"Regulated motion of glycoproteins revealed by direct visualization of a single molecule in the endoplasmic reticulum" (小胞体内1分子直接観測により明らかにされた分泌糖たんぱく質の調節された動き)

記者発表

1.日  時 平成20年1月8日14時
2.発表場所 文部科学省記者会見室

お問い合わせ先

氏名(ふりがな)和田郁夫(わだいくお)
所属 福島県立医科大学医学部付属生体情報伝達研究所細胞科学研究部門
郵便番号・住所
〒960-1295 福島市光が丘1番地
電話 024-547-1663(研究室024-547-1664)FAX 024-549-8898
E-mail iwada@fmu.ac.jp