福島県立医科大学 研究成果情報

米国 科学雑誌 「The Journal of Biological Chemistry」2011年1月号(2010-10-15)

-アルツハイマー病関連のアミロイドβ蓄積機構に新たな可能性-

アルツハイマー病の原因物質となる脳血管内皮細胞特異的なアミロイドβ前駆体タンパク質の発見

橋本 康弘
福島県立医科大学 医学部 生化学講座 教授
本多 たかし
福島県立医科大学 看護学部 生命科学部門 形態・機能学 (解剖学・生理学・病理学) 教授

-アルツハイマー病関連のアミロイドβ蓄積機構に新たな可能性-

(独)理化学研究所と本学教授らの共同研究チームにおいて
脳血管内皮細胞特異的なアミロイドβ前駆体タンパク質を発見し、
その研究結果が米国科学雑誌「J. Biol. Chem.」に掲載されます。

ヒト脳血管内皮細胞が、アミロイドβ前駆体タンパク質770(APP770)を発現
血管内皮細胞のAPP770から2種類の神経毒性ペプチド(Aβ40/42)を産生
ヒト脳脊髄液中に分泌されるAPP770切断産物は、脳疾患マーカー候補


独立行政法人 理化学研究所(野依良治理事長)・基幹研究所(玉尾皓平所長)システム糖鎖研究グループ(谷口直之グループディレクター)疾患糖鎖研究チームの北爪しのぶ副チームリーダー、立田由里子テクニカルスタッフらと脳科学総合研究センターの西道隆臣チームリーダーおよび本学の橋本康弘教授、本多たかし教授らは、ヒトの脳血管内皮細胞に、神経細胞(ニューロン)と異なるユニークなアミロイドβ前駆体タンパク質(APP)が発現していることを初めて発見し、このAPPがアルツハイマー病と深い関わりを持つ老人斑の主成分である神経毒性ペプチド(Aβ)※1を産生することを明らかにし、平成22年10月21日、文部科学省にて公式発表を行いました。

アルツハイマー病は、最も代表的な老人性認知症疾患で、脳実質にAβが蓄積することが原因で発症すると考えられています。
一方で、実に9割近いアルツハイマー病患者で、脳血管壁にもAβが蓄積することが確認されています。
Aβは、APPが2種類のプロテアーゼで切断されて生じることが分かっています。脳実質に蓄積するAβは、主にニューロンに発現するAPP(APP695)から生じると考えられていますが、脳血管壁に蓄積するAβの由来は不明のままでした。

研究チームは、脳血管内皮細胞にニューロンと異なるAPP(APP770)が発現していることを発見しました。
APP770もAβを産生することが分かり、このAβが脳血管壁に蓄積し得ることを明らかにしました。
さらに、Aβの生成過程でAPP切断産物として生じ、血清やヒト脳脊髄液に分泌されるsAPPβも、ニューロン型と脳血管内皮細胞型が存在し、相互識別が可能であることも見出しました。

血管内皮細胞型APP770由来のsAPP770βは、血管内皮細胞が何らかの障害を受けて量的に変化することが考えられるため、今後、アルツハイマー病や脳血管性認知症などの認知障害の新たな診断マーカーとなることが期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『J. Biol. Chem. 』 (The Journal of Biological Chemistry) 2011年1月号に掲載されるに先立ち、オンライン版 (10月15日付 : 日本時間10月16日) に掲載されました。

 

研究成果の概要

【 1.背景 】

アルツハイマー病は、最も典型的な老人性認知症で、脳実質へのアミロイドβペプチド(Aβ)と神経原繊維変化※2の蓄積が主な病理的特徴となっています。
病気が進行すると神経細胞の脱落により脳が萎縮することで、認知障害が現れることが知られています。現在では、Aβの脳実質への蓄積過程が、アルツハイマー病の主たる原因でないかと考えられていますが、その一方で、実に9割近いアルツハイマー病患者の脳の病理所見において、脳血管壁にもAβが蓄積すること(脳アミロイド・アンギオパチー)が確認されています。 この脳アミロイド・アンギオパチーは、アルツハイマー病との相関性が示されているほか、脳内出血の原因となることも分かっています。

Aβは、アミロイドβ前駆体タンパク質(APP)が2種類の酵素で切断されるステップを経て生じます。
まず、BACE1プロテアー※3 によってβ部位で切断され、次にプレセニリン複合体※4 によってγ部位で切断されます(図1)。また、APPには、その生合成過程で生じるAPP695、APP751、APP770という3種類のバリアントが存在することが知られおり、このうち、ニューロンには、APP695が発現していることが分かっています(図2)
脳実質に蓄積するAβは、主としてニューロン型APP695由来であると考えられていますが、血管壁に蓄積するAβの由来は不明のままでした。

【 2.研究手法と成果 】

研究チームは、脳血管内皮細胞自体にAPPの代謝機構が存在するのでないかと考え、ヒト脳血管内皮細胞の解析を行いました。
その結果、ニューロン型APP695とは異なるバリアントであるAPP770を発現していることが分かりました。この脳血管内皮型APP770は、β部位とγ部位で切断され、Aβペプチド40および42を産生することも見出しました(図1)。さらに、APP770には、O型糖鎖が結合しているタイプと結合していないタイプが存在し、O型糖鎖を持つタイプだけがAβ産生経路をたどることも明らかにすることができました。また、APP770特異的な抗体を用いてヒト脳切片の免疫染色を行った結果、脳血管内皮部分が染色されることが分かり、実際にヒトの脳血管にAPP770が存在していることが確認できました。

さらに、Aβ生成過程でAPP切断産物として生じ、脳脊髄液や血清中に分泌するsAPPβを解析したところ、APP770のBACE1プロテアーゼ切断産物であるsAPP770βを見出すことにも成功しました。AβはAPP770由来、APP695由来ともに共通の構造をもつため、どちらの由来であるか見分けることが不可能です。しかし、sAPP770βは、APP770に固有の構造をもつため、脳脊髄液や血清中のsAPPβが、ニューロン由来か脳血管内皮細胞由来かを判別できることが分かりました。

【 3.今後の期待 】

今回、血管内皮細胞がニューロン型APP695とは異なるAPP770を発現することを初めて見出し、さらにAPP770由来のBACE1切断産物であるsAPP770βがヒト脳脊髄液や血清中に存在することも明らかにしました。
アルツハイマー病にかかる経済コストは2010年の時点で、世界のGDPの1%を占めると報告されており、認知症対策の重要性が高まっています。
認知症の臨床症状を反映する診断薬の開発は認知症対策の中でも重要な課題の1つです。脳脊髄液や血清中のsAPP770βは血管内皮細胞が何らかの障害を受けて量的に変化することが考えられるため、アルツハイマー病や脳血管性認知症などの認知障害の早期診断マーカーになる可能性を秘めており、現在sAPP770βを定量するためのサンドイッチELISAシステムを日本免疫生物研究所と共同で開発しています(図3)

<補足説明>

※1 Aβ(アミロイドβ)
アミロイドβ前駆体タンパク質(APP)からプロテアーゼ(ペプチド結合加水分解酵素)で切断されて産生されるペプチド。アルツハイマー病患者の脳に蓄積が認められ、この蓄積過程がアルツハイマー病の原因であると考えられている。40アミノ酸残基のAβ40に比べ、42アミノ酸残基のAβ42は、より凝集しやすく毒性が高い。

※2 神経原繊維変化
 リン酸化されたタウタンパク質が繊維構造をとって神経細胞内に蓄積したもの。

※3 BACE1プロテアーゼ
APPのβ部位での切断を行うプロテアーゼ。

※4 プレセニリン複合体
APPをγ部位で切断するプロテアーゼ本体であり、プレセニリンと3種類の補助因子であるニカストリン、APH-1、PEN-2の複合体から構成されている。

お問い合わせ先

福島県立医科大学 医学部 生化学講座
教授 橋本康弘
〒960-1295 福島市光が丘1番地  研究室電話: 024-547-1143 (FAX 024-548-8641)

医学部生化学講座のご紹介 http://www.fmu.ac.jp/cms/biochem1/index_html

        

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