偶然性・アイロニー・連帯、そして作業
- 講師
- 川又 寛徳
- かわまた ひろのり
- 作業リテラシー、人間作業モデル、地域リハビリテーション、ヘルスプロモーション、介護予防
読書の秋。今回は、『日の名残り』(カズオ・イシグロ著)と『バラバラな世界で共に生きる-リチャード・ローティの哲学』(朱喜哲著)を選びました。
『日の名残り』には、自らの人生を語りながらも、その語りと読者に見えてくる現実との間に、少しずつずれが生じていく「信頼できない語り手(Unreliable narrator)」が登場します。これは、語り手の認識と読者に見えてくる現実との間にずれを生じさせ、そのずれを通して物語を読ませる表現手法です。読者は、語られたことをそのまま事実として受け取るのではなく、語り手が自らの経験をどのように捉え、意味を与えているのかを考えながら読み進めることになります。
「信頼できない語り手」は小説の表現技法ですが、作業療法場面での対象者の語りにも、重なるところがあります。作業療法士は、対象者の語りを「真実」あるいは「誤り」と判断するのではなく、その人がその時点で世界をどのように経験し、どのような意味を見いだしているのかに耳を傾けることが求められます。
哲学者のリチャード・ローティは、会話を、あらかじめ存在する真理を確認する場ではなく、自分や世界を語るための新しい言葉を見つけていく営みとして捉えました。そう考えるなら、作業療法における対象者との会話とは、対象者と作業をともにし、その経験について語り合いながら、これまでとは異なる自分について語れる可能性を、ともにつくっていく営みなのではないか、と読書をしながら考えました。