ALDH4A1発現は統合失調症患者死後脳において上昇し、プロリン代謝関連酵素の遺伝子多型と関連する

概要

論文掲載雑誌：「Journal of Psychiatric Research」（2020年4月号）

統合失調症は人口の１％弱が罹患する比較的頻度の高い精神疾患ですが、未だ分子メカニズムは解明されていません。統合失調症の発症には遺伝的な関与が疑われており遺伝学的研究が盛んに行われてきましたが、統合失調症発症そのものを表現型とした場合、研究間で一致した見解が得られてこなかったため、脳画像所見や神経生理学的所見などを中間表現型として遺伝子との関連を検討する研究が現在主流となっています。我々は、統合失調症死後脳における分子発現を中間表現型として、統合失調症発症に関わる遺伝子多型との関連を解析し、統合失調症発症のメカニズムを解明するための研究を行ってきました。我々はこれまでの研究で新規の技術による前頭前皮質のプロテオーム解析（2DICAL法）によって統合失調症においてAldehyde dehydrogenase 4 family member A1（ALDH4A1）が著明に上昇していることを見出しました。ALDH4A1はプロリンが代謝されてグルタミン酸に至る経路の中の酵素の一つであり、統合失調症の末梢単核球における遺伝子発現の増加や統合失調症死後脳脳梁におけるタンパク発現量の増加が報告されています。

本研究ではより定量性の高いタンパク質測定法であるELISA法を用い、統合失調症の病態において重要であると考えられている前頭前野、上側頭回について、統合失調症、双極性障害、健常対照例、計64例の死後脳のALDH4A１の発現量を測定し比較したところ、前頭前野と上側頭回で統合失調症群においてALDH4A1が有意に上昇していたことが分かりました。また、同じサンプルセットの一部におけるALDH4A1の発現量とプロリン代謝経路に関わる分子の遺伝子多型(SNPs)との関連を解析したところ、前頭前野におけるALDH4A1発現量は、プロリン代謝に関わる分子であるプロリダーゼの遺伝子のSNPs（rs33823、rs153508）とP5Cシンセターゼの遺伝子のSNPs（rs10882639）とそれぞれ有意に相関することが分かりました。加えて、免疫染色法を用いて前頭前野におけるALDH4A1の分布を観察したところ、ALDH4A1は、ニューロン、血管内皮細胞、グリア細胞、ニューロピルなどに広く分布し、さらにALDH4A1とミトコンドリアが共局在することを確認しました。

統合失調症の主要な病態仮説の1つに、NMDA受容体の機能低下が統合失調症の陽性症状および陰性症状を引き起こすというグルタミン酸仮説がありますが、なぜNMDA受容体機能低下が引き起こされるかは解明されていません。統合失調症患者においてコラーゲン分解しプロリンを合成するプロリダーゼ活性が亢進していること、統合失調症患者の血漿中でプロリンが上昇していることが報告されており、今回見出した統合失調症患者死後脳におけるALDH4A1発現上昇の所見を合わせて考えると、統合失調症患者においてプロリンの合成、分解が亢進した結果グルタミン酸産生過剰を招き、二次的にNMDA受容体の機能低下につながる可能性が示唆されました。この知見はドパミン仮説に基づく既存の抗精神病薬とは異なる新規の観点からの創薬につながる可能性があります。