菊地臣一 コラム「学長からの手紙  〜医師としてのマナー〜

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114.論文の中にある「もの」には日本人の歴史的な概念が含まれている

よく論文に「そのものは」とか「その症例は〜に属するものである」とか、よく「もの」という字を記載し、私に具体的には何を指すかと訂正されることもしばしばです。私自身も以前はよく添削されました。その概念がはっきりしないから、英語に直す時にはどうしても「もの」が何を指すかをはっきりさせないと翻訳出来ないわけです。

そんなことを考えている時に面白い記事を見付けました。朝日新聞に1995年1月15日、中西進教授(国際日本文化研究センター教授)が「現代文明と古代」という題で書いています。それは、古代日本では、「もの」というのは個々の物体をさす一方、漠然として正体が捕らえにくい存在をも意味するものだそうです。「もののけ」(物の怪)などがそれに相当するのだそうです。そもそも日本人は、物体の本質を漠然とした混沌と見ていた証拠であるというのです。ですから近代的な合理性からいうとこの 「もの」はまるで非科学的で、だから日本人の曖昧さは困ると海外から言われるもとになっているようです。

こう考えてみると、私も含めて論文中の「もの」という記載は日本人であることのidentityなのかも知れません。しかし英語に論文を訳そうとするとすぐ気が付く事ですが、この「もの」が何を差しているのか訳す時には意外と自分でも困る事が多い事に気が付きませんか?

 

 

 

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