福島県立医科大学 研究成果情報

米国科学誌「Cell Reports Methods」掲載(令和5年1月18日オンライン)(2023-02-01)

Highly selective transgene expression through the flip-excision switch system by using a unilateral spacer sequence

片側スペーサー配列を用いた遺伝子スイッチによる高精度な選択的遺伝子発現システムの開発

加藤 成樹(かとう・しげき)
医学部附属生体情報伝達研究所  生体機能研究部門 准教授

小林 和人(こばやし・かずと)
医学部附属生体情報伝達研究所  生体機能研究部門 教授

        
研究グループ
Natsuki Matsushita*, Shigeki Kato*, Kayo Nishizawa, Masateru Sugawara, Kosei Takeuchi, Yoshiki Miyasaka, Tomoji Mashimo, and Kazuto Kobayashi **(* Equally contributed author, ** Corresponding author)

概要

<研究の背景>

 医学・生命科学の様々な研究において、特定の細胞種における遺伝子機能を解析するために、DNA組換え酵素を利用した遺伝子改変技術である「遺伝子スイッチシステム」が近年多く利用されています。特に、このスイッチシステムは、特定の細胞種や神経回路を標的として複雑な脳のネットワークの構造や機能を解析するために重要な研究方法を提供してきました。組換え酵素であるCreは、34塩基の認識配列を認識し組換え反応を触媒しますが、このスイッチシステムでは、loxPとlox2272と呼ばれる2種類の認識配列のどちらかの配列が一組存在するときに、組換え酵素が組換え反応を触媒する性質を利用しています。認識配列が同じ向きのときは、それらの間の特定の塩基配列が除去され、逆の向きのときにはその塩基配列の反転が起きます(図1A)。loxPとlox2272配列は2塩基のみ異なっており、組換え酵素の反応は、どちらかの組み合わせのときのみで起こります。

 遺伝子スイッチシステム(図1B)では、目的の細胞種でのみ遺伝子の発現を誘導するために、遺伝子発現を駆動するプロモーターという配列の方向に対して、逆向きに導入遺伝子を連結し、その両端にloxPとlox2272配列の組み合わせから成る二重認識配列を組み込んでおきます。この状態では、導入遺伝子の発現は起きません。しかし、組換え酵素を持つ特定の細胞種では、反転と除去の2段階の反応によってプロモーターの方向と導入遺伝子の方向が一致するように再配置され、導入遺伝子の発現が誘導されます。

 これまでアデノ随伴ウイルス(AAV)が、この遺伝子スイッチを細胞内に導入するための運び屋(ベクター)として利用されてきました。しかし、AAVベクターを使って遺伝子導入をおこなう際、組換え酵素が存在しないにもかかわらず、導入遺伝子の発現が起きてしまう“リーク”のあることが見出され、深刻な問題となっていました。すなわち、本来発現を目的としていない細胞種で遺伝子が発現してしまうという、スイッチの故障が起こるのです。そのため、導入遺伝子のスイッチを高精度にコントロールする方法の実現が世界的に望まれていました。

<研究概要>

 我々の研究グループはリーク発現の問題解決に取り組み、ウイルスベクターにおいて遺伝子発現が起きる原因は、ベクターを作製する過程において組換え酵素が存在しないにも関わらず、認識配列の間で特殊な組換えが生じるためであることを見出しました (図2左上)。この組換えは、短い塩基配列の間での相同組換えと呼ばれる現象ではないかと考えられます。ベクター作製時の組換えを抑えるため、片側スペーサー配列と名付けた塩基配列を、逆向きの導入遺伝子の前側あるいは後側にある二重認識配列の間に挿入しました。特に後側の二重認識配列への挿入によって、酵素の存在しない状態での組換えを顕著に減少させることを明らかにしました(図2右上)。片側スペーサー配列の存在は、組換え反応の原因になると考えられる特殊なDNA構造の形成を抑制するためではないかと考えています。

 実際に、片側スペーサー配列を挿入したウイルスベクターを脳内に注入した実験群では、その配列をもたない対照群に比較して、リーク発現が顕著に(対照群の0.3%)抑えられることがわかりました(図2下)。さらに、特定の細胞種のみで組換え酵素を発現する遺伝子改変ラットの脳内に注入した場合では、対照群では酵素を持たない細胞種で多くのリーク発現が観察されますが、片側スペーサー配列を持った実験群では、これらの発現がほとんど起こらなくなることを確認できました。 以上の結果、従来の遺伝子スイッチシステムでは導入遺伝子のリーク発現が深刻な問題でありましたが、導入遺伝子の二重認識配列に片側スペーサー配列を挿入することによって、これまでよりも精密で選択的に遺伝子発現をコントロールするハイスペックな遺伝子スイッチシステムを開発することに成功しました。

<社会的意義と今後の展開>

 今回開発したハイスペック遺伝子スイッチシステムは、これまでの課題であった導入遺伝子のリーク発現を防止し、遺伝子発現スイッチの精度を高めることを実現しました。今後、目的の細胞種の可視化や活動の操作技術と組み合わせることで、特に複雑なネットワーク構造を持つ脳において特定の細胞種や神経回路の構造や機能の詳細な理解に繋がることが期待されます。これらの成果は、基礎・臨床医学の両面において応用され、将来、特定の細胞種を標的とした遺伝子治療法の開発などに応用される可能性があります。

 本研究成果は、米国科学雑誌「Cell Reports Methods」(2023年2月27日号)に掲載されるのに先立って、オンライン版(2023年1月18日)に掲載されました。


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公立大学法人福島県立医科大学 医学部生体機能研究部門
准教授 加藤 成樹
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