福島県立医科大学 研究成果情報

英国雑誌「Scientific Reports」掲載(10月16日)(2019-10-25)

Differential protein expression of DARPP-32 versus Calcineurin in the prefrontal cortex and nucleus accumbens in schizophrenia and bipolar disorder

統合失調症及び双極性障害の死後脳(前頭前皮質、側坐核)におけるDARPP-32とカルシニューリンのタンパク発現の変化

國井 泰人 (くにい・やすと)
医学部 神経精神医学講座・会津医療センター 精神医学講座 准教授
        
研究グループ
國井泰人(福島県立医科大学)、日野瑞城(福島県立医科大学)、松本純弥(福島県立医科大学)、長岡敦子(福島県立医科大学)、那波宏之(新潟大学脳研究所)、柿田明美(新潟大学脳研究所)、赤津裕康(福祉村病院長寿医学研究所)、橋詰良男(福祉村病院長寿医学研究所)、矢部博興(福島県立医科大学)

概要

論文掲載雑誌:「Scientific Reports」(10月16日)


統合失調症をはじめとする精神疾患病態解明の研究において、死後脳研究では、脳内に発現する分子レベルでの検証が活発に行われています。ヒト死後脳を研究のために安定的に利用できるようにするためには、高品質なリソースを提供できるブレインバンクが不可欠ですが、日本では種々の困難のため、欧米に比しその整備が遅れていました。その中で、福島県立医科大学ではいち早く精神疾患ブレインバンクの構築に着手し、20年以上にわたって運営してきています。これまで集積された死後脳は60例で、統合失調症32例、双極性障害10例、健常7例などとなっており、本研究はその貴重な脳試料を用いたものになります。本研究で注目した分子は、Dopamine- and cAMP-regulated phosphoprotein of molecular weight 32 kDa (DARPP-32)とカルシニューリン(CaN)です。DARPP-32は、ドパミン作動性シグナル伝達とグルタミン酸を含む、その他のいくつかの神経伝達物質のシグナル伝達を統合する役割を持ち、ドパミン作動性経路の下流に位置するCaNは、脱リン酸化によりDARPP-32を不活性化します。このDARPP-32/CaN 経路の異常は、統合失調症病態の有力仮説であるドパミン仮説、グルタミン酸仮説の両方を説明しうるため、重要視されており、これまでのいくつかの死後脳研究で、統合失調症におけるこれらの分子発現について調べられてきましたが、結果は一致していませんでした。

本研究では、49例(統合失調症、双極性障害、健常対照)の死後脳試料の前頭前皮質(PFC)及び側坐核(NAc)について、DARPP-32及びCaNのタンパク質発現レベルをELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)法を用いて測定しました。また、同じ死後脳試料セットを用いて、8つのドパミン系関連分子における55のSNPsについて、タンパク発現との関連を検討しました。その結果、統合失調症のPFCでは、DARPP-32が有意に減少していましたが、CaNは増加する傾向がありました。NAcでは、DARPP-32とCaNの両方が、統合失調症または双極性障害で有意な変化を示しませんでした。DARPP-32とCaN発現の相関関係をさらに解析すると、統合失調症と健常対照のPFC、統合失調症のNAcにおいて正の相関関係が見出されました。特にPFCでは、DARPP-32 / CaNの発現比は、統合失調症では健常対照よりも有意に低いことが分かりました。これらの結果から、1)DARPP-32とCaNは脳において基本的に共存すること、2)DARPP-32 / CaNのバランスが統合失調症では著しく乱れていること、が初めて分かり、またこれはこれまでの研究の結果と矛盾しないものでした。また、前述したSNPsのうちのいくつかが脳におけるDARPP-32やCaNのタンパク質発現を予測する可能性があり、そのうちの1つは別の独立した脳試料セットでも確認されました。 このSNPs、rs1801028のCアレルは、以前より統合失調症の発症に関連が報告されていたもので、この遺伝子多型を持つ患者は陰性症状か軽く、抗精神病薬の反応性が良好であることが知られていましたが、今回の発見ではこのアレルを持つ人の脳(NAc)ではCaNの発現が低くなるということが分かり、その分子基盤がより明らかになりました。

 本研究はこれまで十分一致していなかった統合失調症死後脳におけるDARPP-32、CaN発現に関して一定の結論を与えるものであり、論文ではこれまでの研究のシステマティックレビューとともに考察しています。


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