菊地臣一 コラム「学長からの手紙  〜医師としてのマナー〜

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112.周囲の期待に応えられる人は、能力を持った人ではない

医師は周囲、即ち患者さんやコメディカルの人達の期待に応えられなければなりません。しかし、その様な周囲の期待に応えられる人間というのは、その人間が能力や才能を持っているからではありません。むしろその期待に応えられるのは、能力や才能を持っていない人だと思います。言葉を換えて言えば、周囲の期待に応えようと努力できる人間な筈です。弱い人間は、自分が弱いという事を自覚していることが普通です。この様な弱い人間こそが、周囲の期待に応えようと努力します。そこに他人は「健気さ」や「ひたむきさ」を認め、「美」を感じるのです。そういう「美」に周囲は共感を覚え、その人間に協力をしたり、その人間の為に汗を流してやろうと思うのです。

前にも書きましたが、トップでない人生を承認し、それなりに生きる技術を見つける事は、人生を生きていく上で非常に重要ですし、我々大部分はそういう人間に属している訳です。その様な人間だからこそ、努力にすることよって期待に応えられる可能性が出てくる訳です。勿論、努力をしても期待に応えられないことは大いに有り得ます。しかし努力しなければ決して成功しないし、周囲の期待には応えられません。

弱い所がある事を認識しているからこそ、弱い自分に鎧を着せて、信頼される医師を演じようと努力するのではないでしょうか。こういう事を書いていると、大相撲の伝説的な力士である双葉山を思い出します。双葉山の伝記を読むと、双葉山は本来は優しい、寂しい人であったそうです。それだからこそ、周囲は、こうあって欲しいという理想の力士を彼に求め、彼はそれに応えようとして自らを律して、理想の人間に近づこうと努力したようです。ここに書いたような教訓の中で、私自身が最も難しいと思うのは、自分自身の弱さを認め、その弱さと向かい合うということです。自分の弱さに正面から向き合うというのは、なかなか辛いものがあります。

「どんな人間もそれまでの人生によって形作られた自分を変えることは難しい」という事を書きました。だからこそ研修中の一日一日を、理想に向かって自分自身を、鋼を鍛えて刀を作っていくように、一つ一つ愚直に、自分自身の仕事上の人格を作っていくしかないように思います。

 

 

 

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