菊地臣一 コラム「学長からの手紙  〜医師としてのマナー〜

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101.再び問う!変わらざる事に徹しているか!

以前にも書きましたが、「継続は力なり」です。愚直なまでにコツコツと毎日同じペースでやっていると、何時の間にか技術なり、知識なり、人格が磨かれてある域に到達します。これをある時には一所懸命にやり、ある時には手を抜き、ある時には何等かの理由でやらないという絶えず不安定な状態でやっている限りは、なかなか一定の域には達しません。

我々は皆、何時かは異なった職域で生きていきます。ある人は教職に就くでしょう。ある人は僻地医療に専念するでしょう。ある人は勤務医として専門志向を高めていくでしょう。しかしどの領域でも、患者さんが求めているNeedsに答えられなければ、それは一流ではありません。一流とは、以前にも言ったように、如何に患者さんのNeedsに答えられるかです。

こういうことの大切さを認識して、もう一度自分達の勤務態度を見てみようではありませんか。朝の回診は、私が自分の長い間医師としてやってきた経験から、必ずや患者さんの心を掴む最も手っ取り早い方法だという事を口が酸っぱくなる程話してきました。なぜそれが必要かを分かるまでには長い年月が掛かってしまいます。ですから、何故それが必要かを理解する前からやっていなければ、気が付いた時には最早患者さんの君達への評価は定まっているのです。

しかるに相変わらず幾人かの医師は、朝の回診を遅刻、欠席をしています。私には何故コツコツと毎日やるべきことが出来ないのかが私には理解不可能です。しかし人間は、私も含めて自分の能力の無さや努力の足りなさを、決して何かをできないときの理由にはしません。

前にも書いたように、トップでない人生を承認し、それなりに生きる技術を見付けなければならない我々は、それ故に何かでそれを補わなければなりません。それはただコツコツとやるのみです。コツコツとやることも才能のうちの一つです。これも以前に書いたことです。そうであるなら我々は毎日コツコツと朝の回診をし、最も医師のいない長い夜を過ごした患者さんに朝早く会って、その訴えを掬い取ってあげる事こそが、患者さんの信頼感を得る最も簡単な方法なのではないでしょうか。そう思いませんか。

卒後6年にもなって、淡々と毎日同じ事を変化なく出来ないのは、なぜなのでしょうか。やはり体が覚えていないのだとしか思えません。しかしそういう人間でも言い分はあるでしょう。そういう人間に対しては、先人達の良い言葉がありますのでここに書いてみましょう。

医学ミステリーの小説家として有名で、本人も医師であるロビン・クックの「Mind bend」(洗脳)という小説の中に「医学には妥協とか近道をする自由はない」という台詞があります。また、あるプロ野球の頂点を極めた選手のこのような言葉が新聞に載っていました。「一流になれないのは君達に体力、技術、努力のいづれかが欠けているからだ。ある時期、気が狂ったようにやらないと、その域には届かない」。如何ですか。この言葉を見て共通点があるとは思いませんか。努力すべきです。能力のない事を認識すればするほど、努力でカバーするしかないのです。お互いもう一度頭を切り替えて頑張るべきです。

 

 

 

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