菊地臣一 コラム「学長からの手紙  〜医師としてのマナー〜

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14.人は情でのみ動く

世の中は、法理でもって運営されています。自分の意にそまない事でもそれに従わざるを得ません。又、それが大多数の人々の平穏な暮らしに結び付くというお互いの了解が有るからです。しかし、自分の身の回りの事を考えてみると、本当に自分の身の回りの組織や人間関係が理で動いている事があるでしょうか。否です。人は情によってのみ動くわけです。

夏目漱石の有名な言葉があります。「理に立てば角が立ち、情に竿させば流される。この世は難しい。」その通りですが、しかし自分が一対一で相手と対話している時に理論的に追い詰められて、理論ではその通りだと発言します。しかしそういう時に、心の中では本当にその通りだと思っているでしょうか。思っていません。理で攻め立てられれば攻め立てられる程、情は反対側を向いています。いわゆる北を向いてしまうわけです。

こういう事を考えると、やはり人を動かすには情で動かすしかありません。人との対話の時にはYESという言葉を相手から貰いながら話を進めていくしかありません。決してNOと言わせない様に注意が必要です。NOと言わせると話しが進まなくなります。又相手を従わせる時に、或いは相手の協力を得る時に理ではこうだ、しかし情としてはこうではないのか、という事を言うと大部分の日本人はそれで動きます。そういう阿吽の呼吸が多民族国家では成り立たず、日本の様な国でのみ成り立つので日本人が欧米人からは不可解だと言われる訳です。でもそれは、決して卑下する事では無く、むしろ誇るべき事なのです。

阿吽の呼吸で組織が運営される時ほどうまくいく事はありません。やはり、なるべく相手の情に訴えて仕事を進めたり、組織運営をする事が重要です。例えば、自分の身内のお葬式に、普段は敵対している人間が出席してくれたとします。相手はどう思うでしょう。利害のある立場を越えて感激する筈です。

また、敵対関係にある人間の身内に病人がでたとします。途方に暮れているとします。そういう時に助けてあげたら、その人はどう思うでしょう。一番大事な情のところでその人間同志が繋がる筈です。そういう事により考え方は違っても信頼関係が生まれ、世の中がうまく回ります。この事は、同じ思想的立場或いは、同じ人生観の上に立つ事を強要する事なく、信頼関係が出来る一番簡単な方法です。ですから、万難を排して他人の不幸や他人が苦境に立っている時には、自分の時間の1分でも10分でもその人の為に時間を割いてあげて、そして汗をかいてあげる事が自分の一生の為にも大事な事になってくるのです。

人間は所詮情でしか動きません。情だけで動くと非常に人間関係や組織の運営が機能的でなくなります。ですが、規則の背景には必ず情があるべきです。そういう情がある人間程、多くの友や多くの知り合いを持つ事になるのです。

 

 

 

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