公立大学法人 福島県立医科大学 ダイバーシティ推進室


ロールモデル集

本間 美和子 医学部附属生体情報伝達研究所 准教授

本間先生

 本学は女子医学専門学校として開校され、専門職とともに生きる女性を教育するアカデミアの先駆けとして重要な役割を担っている。日本では 1999 年に「男女共同参画社会基本法」が施行されて以降、科学技術分野への女性参画は重要な施策として位置付けられ、「内閣府総合科学技術会議」等、国の科学技術政策と関連する政策提言機関や学会組織と連携しながら推進してきた。同時に、社会全体としての豊かさを求め、地球規模での課題解決には、多様な人間が知恵を出し合う社会経済や教育福祉活動の重要性も認識されることとなり、科学研究へ従事する上でも同じように捉えられるようになった。一方、Gender Gap 等の国際データに反映される日本の現状は科学者全体に占める女性比率が先進諸国間で最下位、政治、企業、公務員、大学等のトップにおける女性比率は世界の中で毎年底辺に留まっている。今や世界では、かつての「男女の機会均等(Equal Opportunity)」を理想とする考え方から、「結果均等(Equal Outcome)」の実現へと歩みを進めており、我が国にとってはさらに高いハードルが設定された壁の前に立ちすくむ状況となっている。厳密な統計解析結果によると、男女共同参画についての諸外国平均値を達成するために、我が国は現行のスピードでは 2060 年まで待つ必要がある(※1)。

 そこから見える解決策の一つは、現在の実態をデータとして捉え、解決すべき方策を考え、理想の事象へ向かって実行する、というまさに科学的根拠に沿った方策しかあり得ない。ここで興味深いことに 2つの対極にある行動様式が予測される。現状を反映する実態データは唯一無二の科学的データであるはずだが「そんなはずはない」とそれを認識しない類である。男女共同参画を議論するときに、私は東日本大震災後の風評被害と似たスティグマがあることを不思議に思っている。先ずは現実を知り、女性参画の実態を揺るぎないデータとして解析する活動が「無意識のバイアス」というキーワードへ辿り着くまでの起点となった。
 私は 10 年前に米国大使館 米国 NSF 東京事務所長 Machi Dilworth 氏(※2)が主催した Round Table Discussion へ参加したことを契機に、実行力ある女性研究者方々との連携が始まった。日本分子生物学会での委員会や執行部での活動期間中には、関連ワークショップ開催の他、学協会連絡会ワーキンググループ(※3)を立上げて「学会活動における女性参画とリーダーシップ」についてデータ収集・報告・提言、等を行ってきた(※4,5)。ここで明らかになったのが、他に先駆けて年大会期間中の保育室整備を進めてきた学会が、その一方では、シンポジストやオーガナイザー等、学会活動の重要かつ visible な場で登壇する女性研究者が極めて少ないことを示すデータだった。同様の事例は、Monroe Reportと呼ばれる論文の他、海外の出版物(※6)には多く報告されており、審査や評価を行う側に女性が一人でもいる場合は、皆無な場合に比べ採択される女性比率が大きく上昇することが示されていた。ここから 2 つの課題、①公平さや参画促進を主張するだけでは動かない評価者自身の心にそれと気づかないバイアスがあること(unconscious bias または implicit bias と呼ぶ)、そして②評価する側に女性が不在であること、これらが女性研究者を停滞させる要因であることが明らかになった。課題が見出せれば方策は自ずと決まってくる。現在、①については、無意識のバイアスがあることへ気付きそれを審査や評価の場で排除するための啓発リーフレットが学協会連絡会から公開されている(※7)。そして②については、審査や評価側に女性を参加させればそれが克服可能である事が実証データとして明確に示された。実際に米国 N S F グラントの女性統括者が先鞭を切る形となった米国内 Advance 事業の他、英国 Athene Swan 等の取り組みは、公的研究費支援による大型研究費獲得や学会開催は、規定割合以上の女性研究者を含めることが前提条件となっている。こうした政府グラントあげての工夫が海外では大きな追い風となった。
 私自身のささやかな活動としては、震災後は JST が統率する「文科省 女性研究者活動支援事業」を当時の理事長はじめ旧研究推進会議のご高配下に導入することが出来、小宮先生が既に立ち上げていた女性医師支援事業を追いかけながら、研究環境整備へ特化した提案を実現することができ(旧キャリアラボ)、その後は関口美穂先生、橋本優子先生がそれを盤石なものへと創り上げてくださった。一方、震災後の福島高校はバラック校舎で学業へ邁進の中、学校一丸となって避難民救済を続けていたが、日本女性科学者の会から当地の高校生への支援を申出る有難い知らせを受けた。そこでその秋には、「理系選択支援活動」の一環として女性研究者等が登壇する行事を都内で企画し、福高生 16 名をお招きして活発な質疑応答をいただいた。さらに、「内閣府 国・地方連携会議ネットワークを活用した男女共同参画推進事業」のご支援を受けて、その頃、当研究室に出入りする医学部生だった竹原由佳先生の命名による「理系の仕事〜いつか未来創るあなたへ」を、県内高校生を含む 200 余名の参加者を迎えて福島にて開催することが出来た(※8)。人間の本質的な科学的知識への興味と探索心が、若者らしく遺憾なく発揮された会場では、そのエネルギーが多くの質問をあふれさせ、素直な若い心を揺り動かしていることを実感した。
 本年 8 月 21 日は、1913年その日に東北大学が初めて女子学生3名の入学を許可したことを後世に残す「女子大生の日」として登録したというニュースがあった(※9)。今となっては驚くべきことに、当時の文部省幹部から大学宛に「前例これ無き事にてすこぶる重大なる事件」という質問状が事前に送付されたが、時の東北帝国大学総長 沢柳政太郎氏は、合格発表という既成事実でそれを難なくかわし女子高等教育への門戸を初めて開いた (毎日新聞 8 月 26 日記事)。ただ、その後の女子学士達が専門分野で助手等のポジションを得るためには、独身を通すことが暗黙の条件であったという。歴史の事実を知ることは、客観的視点を得る目的でまことに重要である。
 小さな我が家庭に話を転じると、今 20 代となった娘二人には全く頭が上がらない。理由は、母親としていろいろな負い目があるからで、例えば入院中の娘を置いて海外の学会発表へ出かけてしまった等、当時はいさみ足で良としたことも振返る心は大変辛い。
 本学では様々な考えの人々が多様な生き方を重ねながら、仕事、研究、教育、臨床へと日々献身的な努力を続けている。真に個々人を尊重するとは、自立した人間が、前例、慣習、伝統的考え方、そして無意識下にあるバイアスを意識的に克服することで初めて、人間的な敬意をもって相手を認めることだと思う。その先には、個々人が佳とする幸せな生き方への尊重が伴われる。近日のニュースで、COVID-19 感染者が出た会社名が公表されてから、抗議の電話が鳴り止まない一方で、激励と見舞いのフラワーアレンジメントがそっと届けられたという。
 人間的な智慧はどちらの行動を優先するか、世界の、そして日本の AI 先生にそれぞれ聞いてみたい気もする。

※1 男女共同参画(ダイバーシティ)推進に関する評価手法. 藤井良一. 学術の動向 12: 32-35 (2018):
  https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/23/12/23_12_32/_pdf/-char/ja
※2 Dr. Machi Dilworth : https://www.oist.jp/ja/page/20345
※3 男女共同参画学協会連絡会 (EPMEWSE): https://www.djrenrakukai.org/index.html
※4 男女共同参画学協会連絡会シンポジウム 男女共同参画と社会 報告書:
  https://www.djrenrakukai.org/doc_pdf/2010_sympo8th/8th_sympo_report.pdf
※5 Japan’s lagging gender equality. Homma MK, Motohashi R, Ohtsubo H. Science 340: 428-430 (2013)
  DOI:10.1126/science.340.6131.428-b
※6 Beyond Bias and Barriers. Published by The National Academy of Sciences (2007).
※7 https://www.djrenrakukai.org/doc_pdf/2019/UnconsciousBias_leaflet_eng.pdf
※8 https://www.gender.go.jp/public/event/2013/pdf/flyer_renkei0202.pdf
※9 http://tumug.tohoku.ac.jp/blog/2020/08/05/18328



令和4年度 ロールモデル集 ~福島県立医科大学の後輩へ伝えたいこと~

(所属・役職は執筆当時)

令和3年度 ロールモデル集 ~福島県立医科大学の後輩へ伝えたいこと~

(所属・役職は執筆当時)

令和2年度 ロールモデル集 ~福島県立医科大学の後輩へ伝えたいこと~

(所属・役職は執筆当時)

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