ロールモデル集
杉本 幸子 看護学部成人・老年看護学部門 助教

看護学生のときに思い描いていた看護師像に近づけるようキャリアを積み重ねてきたつもりではありますが、いつもその道のりは思いどおりにはいかないもので、それでも後になって振り返ると、その時の経験は全て自分にとって必要なことであったように思います。大学教員になることは想定外のキャリアでしたが、今は、教員としての役割と研究者としての役割を果たせるよう試行錯誤しています。それと同時に、職業人として、家庭を営む家族の一員としてワークライフバランスを取ることも課題となっています。1日単位のバランスとして家事にかかる時間や育児にかける時間と、研究や専門職として自己研鑽にかける時間のバランスを調整するだけでなく、年単位、さらには職業人生を通して、自分がどう過ごしたいか、どうなりたいか、自分の大切にしたいものは何なのかを確かめる作業を繰り返しています。
学部生のころから訪問看護師になりたい思いがありました。しかし、その当時新卒から訪問看護師になる道は皆無であり、5年間程度の病棟勤務経験が必要という考えが一般的でした。私自身も、その考えを疑わず卒後は総合病院に勤務しました。最初に配属されたのは手術部でした。そこでは、手術部は5年働いて一通り全ての科の手術ができるようになる、病棟ヘの勤務移動はそれまでできない、と言われていました。この時点で訪問看護師になるためには10年の歳月が必要ということに愕然としました。奨学金を返すためにも働かなくてはならなかったので、自分には向いていないと思いながらも、なんとか通算6年間手術室看護師として務めました。手術部に所属しているその間に、出産と大学院への進学を経験したのですが、同時に母親、院生、職業人として3つの役割を担う時期がありました。訪問看護師になりたい思いは持ち続けていましたので、大学院では地域看護学を専攻し、退院支援をテーマに研究に取り組みました。このテーマに取り組むことは、いずれ訪問看護師として働くためにも意義のあることだと考えました。思いが通じたのか、院生として在学している間に、手術部から病棟へ勤務移動することができました。この間、育児休業制度、短時間勤務制度などを最大限利用しただけでなく、職場の理解、指導教員の配慮、家族や友人の助けがあり、この無謀とも思える3つの役割を担う時期を乗り越えることができたと思っています。
病院に勤務して9年目になったとき、配偶者の仕事の都合で海外に移住することになり、看護師としてのキャリアを中断しました。配偶者は私のキャリアが中断することを躊躇しましたが、私には夫婦が離れて子育てをする選択肢はありませんでしたので、中断することに迷いはありませんでした。また海外で生活する経験は、私だけでなく子供の将来にとっても貴重な経験になることは間違いないと思いました。残念ながら私の英語力は思ったほどには伸びませんでしたが、仕事と勉強、日々の家事育児に忙殺されているだけでは気づけなかった、生活を楽しむという当たり前のことをシドニーで生活するなかで実感することができました。帰国後は、生まれ育った北海道ではなく新天地である、ここ福島で生活をすることになりました。これを絶好の機会と思い、訪問看護ステーションへの就職活動を開始し、念願の訪問看護師になることができました。新しい土地に慣れるのかできるのか、3年間のブランクと訪問看護師として働けるのか様々な不安がありましたが、半年ほど経過して、やっと続けられるかもしれないという思いになりました。しかし、このような思いになった矢先に、勤務先が他の訪問看護ステーションに吸収合併されることになり、残念ながら1年弱で私の訪問看護師としてのキャリアは中断してしまいました。訪問看護ステーションへの再就職も考えましたが、修士課程でのやり残した課題解決のためにも研究活動を継続したい思いもあったため、看護学部の助教として運良く採用していただき、今に至ります。看護実習の指導では、病院での実習と訪問看護実習も担当しているのですが、手術室看護師としての経験、病棟看護師としての経験、短い期間ではありましたが訪問看護を経験していることで、超急性期から在宅医療まで幅広い視点で指導ができる強みを持てたのではないかと思います。また看護学を講義するに際にも、修士課程で学んだ経験は、根拠のある看護実践の教授に欠かせないものだったと思います。さらにワークライフバランスを目指すとき、キャリアを中断した経験や、専業主婦としての経験も活かすことで、生活を楽しみながら、職業人としてキャリアを積み重ねていくことができると考えています。
私はまだ、学部生のときに思い描いていた看護師にはなれていません。まだ道半ばです。このような私が人にアドバイスできる立場ではないと思いますが、どんな経験も無駄にはならないということだけは確かだと思いますので、それだけは私の経験からお伝えさせていただきます。
令和4年度 ロールモデル集 ~福島県立医科大学の後輩へ伝えたいこと~
(所属・役職は執筆当時)
令和3年度 ロールモデル集 ~福島県立医科大学の後輩へ伝えたいこと~
(所属・役職は執筆当時)
令和2年度 ロールモデル集 ~福島県立医科大学の後輩へ伝えたいこと~
(所属・役職は執筆当時)