菊地臣一 コラム「学長からの手紙  〜医師としてのマナー〜

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7 .一言多く

一般の生活では一言多いという表現はあまりよい意味では使われません。口は災いの元のたとえどおりです。しかし、医療の現場では逆です。一言多い事が大事なのです。患者さんに判って貰う為には黙っていてもわかるというような事は有り得ません。初めて出会った医師と患者、その間に黙っていても判る様な心の交流は起きないと考えるのが自然です。だとしたら判って貰う努力を医師の側からする必要があります。そういう意味で一言でも多く話しかける事が必要です。少しの変化でも口に出す事です。即ち、他人に関心を持っている事を表現する必要があります。

他人の自分に対する関心は、決して自分よりも多いものではない事に留意する必要があります。だから、せめてその人がその人自身に持っている関心の半分でもよいから持ってあげれば患者は必ず医師に対する信頼を持ちます。顔色が今日は優れませんね。今日は服装を変えましたね。今日は髪形を変えましたね。今日は元気がありませんね。そういう何気ない一言が人の心を揺さぶるのです。常に思った事はどんどん患者さんに話しかけて、“常にあなたの状態に関心を持っていますよ”“あなたに全力を尽くしていますよ”というメッセージが必要なのです。

それは黙っていては患者に伝わりません。常に一言多く、それが医療サイドと患者サイドの掛け橋になるのです。他人の自尊心を傷つけない事、どんな人間でも強烈な自尊心を持っています。患者さんも例外ではありません。或いは医師を取り巻くコメディカルの人々も勿論です。

例えば柔道接骨師が医師に患者を紹介して、その時たまたま医師が返事を忘れたとします。その時相手はそれをどう感じるでしょうか。医師にとっては“たまたま忘れた”が柔道接骨師は、柔道接骨師だから返事をよこさないのだろうと採るでしょう。それによってますます医師に対する敵愾心或いは微妙な屈折した感情がますます拗れるのです。相手が微妙な感情を持つ可能性がある人々に対してこそ相手に十分礼を尽くす必要があります。医師対医師の時に払う礼儀よりも倍ぐらい注意ぶかく礼を尽くす必要があります。

“医療技師、看護婦さん、事務の方たち、医局の職員、患者さんそれぞれに医師に対して指揮命令系統で何らかの従属的な立場にある人は常に医師に対しては良い感情を持っていないと考えて行動すべきです。現実にそういう事に無神経な医師も少なくありません。だからこそ医師が礼を尽くし十分に礼を尽くせば周りの人々はその医師に尊敬の念を持つでしょう。そうすることによって、自分自身或いは自分を取り巻く医療の環境が格段に良くなるのです。

自分が他人に対して誠意を求めるならば、先ず自分が他人に対して誠意を尽くすべきなのです。この事に関しては後に述べる事にします。

 

 

 

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