Research
有性生殖をする脊椎動物は、一度に射精される大量の精子のうちたった1匹だけが受精し、生命の営みが始まります。私は生命の出発点であるこの神秘に魅せられ、その分子機構を解明しようと試みてきました。
ヒトの場合、一度におよそ1〜3億匹の精子が雌性生殖路内に射出され、そのなかで過酷な生存競争に生き残った、たった1匹の精子のみが受精をすることを許されます。このように、受精に至るまでの過程、特にクライマックスである配偶子融合は、種を超えて共通する精緻でロバストな仕組みが存在するはずです。このことを裏付けるために、長年、配偶子融合を制御する因子が探索されてきました。幸運なことに、我々は配偶子融合必須因子、IZUMO1 (縁結びの神様で有名な出雲大社に因んで命名) を世界で初めて同定することに成功しました (Inoue et al., Nature 2005)。
IZUMO1は、はじめ精子頭部のゴルジ体由来の細胞小器官である先体内に存在しますが、精子が融合能を獲得するために必要なエキソサイトーシスを伴う先体反応後に精子細胞膜表面のエカトリアルセグメントに集合して、その部位で膜融合を成立させます (Satouh*, Inoue* et al., J Cell Sci 2012 *equal first author)。このことから、IZUMO1のダイナミックな局在変化によって、配偶子融合が制御されていることが分かります。
最近、我々は、最大の謎である配偶子融合に関わるペア分子複合体の構造を解明するために、卵子側のIZUMO1受容体、JUNOとIZUMO1の複合体の細密立体構造を明らかにしました (Ohto, Inoue (5/6) et al., Nature 2016)。
IZUMO1を発現する培養細胞は卵子細胞膜に接着することを示しましたが (Inoue et al., Development 2013)、この実験系を用いて、IZUMO1-JUNOの配偶子融合制御系が作動するために必要不可欠な分子メカニズムを解明しました (Inoue et al., Nat Commun 2015)。また無脊椎動物と脊椎動物の受精に共通する世界で初めての必須因子DCST1/2を発見しました (Inoue et al., eLife 2021)。この発見は、受精の本質的な分子メカニズムの解明の突破口になると期待されています。さらに興味深いことに、これら因子を含めた精子の受精必須因子群の欠損マウスの解析から、共通してSPACA6という最重要因子が成熟精子から消失していることを見出しました (Inoue et al., Biol Reprod 2022)。
新たに卵子における受精機構の解明にも着手しています。CD9は卵子の融合因子として知られていましたが、新たな生理機能としてJUNOなどのGPIアンカー型膜タンパク質を皮質アクチンキャップとよばれる細胞膜領域から排除することを示しました。ここは卵子の染色体が収納される場所に隣接することから、CD9が細胞膜上で分子区画化を行い、精子が受精できないようにする、染色体の保護領域を形成すると考えています (Inoue et al., Development 2020)。
最近、IZUMO1-JUNOの相互作用を起点に、卵子の微絨毛の伸長、精子頭部におけるラメリポディア様構造体 (Oocyte tentacle) の形成を経て、ファゴサイトーシス様の精子の取り込み機構 (Sperm Engulfment Activated by IZUMO1-JUNO Linkage and gamete fusion realated factors: SEAL) が受精の成立に必須であることを突き止めました (Inoue et al., Cell Rep 2025)。興味深いことに、IZUMO1、JUNO、CD9欠損配偶子では、Oocyte tentacleの形成に、DCST1/2を含むその他の必須因子群の欠損配偶子では、SEALの反応にそれぞれ進行しないことが明らかになりました。
我々の研究では、遺伝子改変動物から得られるデータ (in vivo) と精密構造解析や分子ダイナミクス解析などから得られるデータ (in vitro) を統合して、配偶子融合を中心に受精の分子メカニズムの全容解明を目指します。
これらの研究は不妊治療、避妊ワクチンの開発などに直結し、同時に様々な疾患の分子基盤の解明につながる方法論となることも期待されます。