Peter Sandman先生のRisk Communication論: Risk = Hazard + Outrage

リスクコミュニケーションとは、非常に多岐にわたりますが、私(田巻)が最も参考にしているのが、「Risk = Hazard + Outrage」の概念を提唱されたPeter Sandman先生です。

ここでは、Sandman先生の「Risk = Hazard + Outrage」の概念に基づいたリスクコミュニケーションについて、特にOutrage Managementの考え方を紹介したいと思います。

Peter Sandman先生について

Sandman先生は1977年から1995年まで米国Rutgers大学で教鞭を取った後、リスクコミュニケーションの専門コンサルタントに転身され活躍されました。

2021年度の放射線災害・医科学研究拠点(広島大学-長崎大学-福島県立医科大学)第5回国際シンポジウムでは、特別講演を頂きました。その講演動画はこちらです(YouTube)。

Sandman先生はご自身のホームページで膨大な情報を公開していますので、御興味のある方は是非ご覧ください(http://psandman.com

リスクコミュニケーションとは?

それでは、ここでPeter Sandman先生のリスクコミュニケーション論を説明したいと思います。

「リスクコミュニケーション」と一言に言っても、非常に多くの形を取ります。
例えば、ある事柄について専門家が「とても危険だ」と考えていたとしても、一般の方は全く興味を示さないような場合があります。その場合には専門家は一般の方々に警告をしなければいけません。1つ例を挙げると、専門家が喫煙がいくら危険だと説明したとしても、喫煙者にとってはあまり興味をそそられる話ではないでしょう。しかし、専門家はそれでも「タバコは危ないんですよ!!」と喫煙者を何とか説得しなければなりません。怖がらせなければいけません。これは容易なことではありません。

反対に、一旦、一般の方々がものすごく怖がってしまった事象があったとします。しかし、専門家が科学的に分析してみると、「実はその危険性が大したことではない」ということもあります。そのような状況では、専門家は一般の人たちを安心させなければいけません。「これはそんなに危なくないですよ!」と怖がった方々を説得しなければいけません。実は、これも大変難しいことなのです。

リスクについて、その内容を説明して、場合によっては、一般の人達に警告し(怖がらせ)たり、場合によっては一般の人達を冷静にし(安心させ)たりすること。全く反対の行動ですが、どちらも「リスクコミュニケーション」と呼ばれています。ただ、1つの事象について、一方で警告すると同時に冷静にさせるようなことはほとんどありません。

リスクコミュニケーションを考える時に重要な事実があります。それは、「専門家がどれだけ危険と考えているか」と「一般の人がどれだけupset*であるか」には、ほぼ相関はないということです。

*Sandman先生が良く使う「upset」という動詞・形容詞は直訳しづらい単語です。英英辞典では、動詞としてのUpsetは「to make someone worried, unhappy, or angry」、形容詞としてのupsetは「worried, unhappy, or angry」となっています。要するに、「平常心を乱されている状態」というのが適当でしょうか。ただしupsetは、不安だ、悲しい、怒っている、など幅広い状態を含んでいます。)

古典的に、リスク(Risk)とは、好ましくない事象の深刻さ(magnitude)とその事象の起こる確率(probability)の積(掛け算)で示されます。専門家はこれを「リスク」と呼んで評価することが多いですが、これは一般の人が「リスク」と考えているものではありません。

リスクコミュニケーションを考える時、Sandman先生はリスクについてこのような概念を提唱しました。

リスク = Hazard + Outrage

Hazardとは、先に挙げた古典的なリスクRiskの概念、つまり専門家が考えるどれだけ危険であるかという指標です。
一方、Outrageとは一般の人がその事象についてどれだけupsetであるかという指標です。これには、不安、不満、恐怖、怒り、など様々な感情が含まれます。
そして、HazardとOutrageの間に相関はありません。

それではどのようにアプローチするべきなのでしょうか…

Risk = Hazard + Outrageとリスクコミュニケーション

リスクコミュニケーションを行うにあたって、このHazardとOutrageをまず評価する必要があります。
繰り返しになりますが、

Hazard = 専門家がどれだけ危険だと評価しているか
Outrage = 一般の人がどれだけUpsetであるか

そして、HazardとOutrageには相関がありません。
もし、Hazardを横軸、Outrageを縦軸として分散図を描く場合、様々な事象がどこに位置するかといえば、バラバラに散らばることになります。

バラバラになる事象に対する評価を、3つ(もしくは4つ)に分けます。

  1. 「Hazardは低いがOutrageは高い」場合(Outrage Management)
  2. 「Hazardは高いがOutrageは低い」場合(Precaution Advocacy)
  3. 「Hazardが高くOutrageも高い」場合(Crisis Communication)
  4. (「Hazardも中くらい、Outrageも中くらい」の場合(Stakeholder Consultation))

それぞれのコミュニケーションの状態と目標は?

3つのコミュニケーションには違う目標がありますが、共通していいるのは「OutrageをHazardと同じレベルにもっていくこと」です。これら3つのコミュニケーションについて、それぞれの状態と目標をまとめます。

1. 「Hazardは低いがOutrageは高い」場合(Outrage Management)

 まずは1つ目、「Hazardは低いがOutrageは高い」場合。つまり、専門家はそれほど危険だと考えていないが、一般の人は非常にupsetである状態です。これは図の左上に位置します。この場合のコミュニケーションを、Outrage Managementと呼びます。

Outrage Managementの目標はOutrageを下げること。テーマは「落ち着いて(Calm down)」です。(だからと言って「落ち着いてください!」と言えば良いわけではありません。むしろ逆効果であることの方が多いです。)

2. 「Hazardは高いがOutrageは低い」場合(Precaution Advocacy)

 2つ目、「Hazardは高いがOutrageは低い」場合。つまり、専門家は危険と考えているが、一般の人はそれほど関心がない(upsetではない)という状態です。これは図の右下に位置します。この場合のコミュニケーションを、Precaution Advocacyと呼びます。

Precaution Advocacyの目標はOutrageを上げること。テーマは「気をつけろ!(Watch out!)」です。

3. 「Hazardが高くOutrageも高い」場合(Crisis Communication)

 3つ目、「Hazardが高くOutrageも高い」場合。つまり、専門家は危ないと考えているし、一般の人もupsetであるという状態です。この場合のコミュニケーションを、Crisis Communicationと呼びます。

Crisis Communicationのテーマは「なんとか一緒に乗り切ろう(Let’s get through together)」です。ここでは、必ずしもOutrageを下げるべきではありません。むしろOutrageを下げることなく、一般の人がHazardに耐えて乗り越えられるようなコミュニケーションを行うことです。

4. 「Hazardも中くらい、Outrageも中くらい」の場合

(4つ目、「Hazardも中くらい、Outrageも中くらい」の場合。つまり、専門家はある程度の危険はあると考えていて、一般の人はそれほどupsetではないが関心はある。この場合のコミュニケーションを、Stakeholder Consultationと呼びます。)

これらの3つのコミュニケーション(Outrage Management、Precaution Advocacy、Crisis Communication)にはそれぞれ違うテーマや目標があり、コミュニケーションに対しても異なったアプローチをとることになります。これが最も重要です。リスクコミュニケーションは1つではないのです。

Precaution AdvocacyもOutrage Managementもどちらも大変です。ただ、この2つと比べてみて、どちらにより改善の余地があるか考えてみると、企業、公的機関、政府系組織などは、どちらかと言うと、Outrage Managementの方により苦戦しているようです。

質問:「HazardとOutrageは関係ないの?」

OutrageとHazardの相関関係は低いですが、Outrageは「一般の方が主観的にHazardをどのようにとらえているか」とは非常に相関があると分かっています。(いわゆる、「リスク認知」と言われているものです。)では、その因果関係はどのようになっているのでしょうか?一般の人は、ある事象が危険だと思っているからupsetなのか?(「危険だ」→ upsetだ)もしくは、upsetだから危険だと思っているのか?(「危険だ」← upsetだ)どちらでしょうか?この因果関係の方向性はどちらにもありますが、どちらかというと←の方が大きいことが分かっています。つまり、「一般の人はupsetだから「危険だ」と感じている」という方がどちらかというと正しいのです。