当講座では日常診療の傍ら大学病院としての使命でもある基礎研究も並行して行っており、マウスを用いた動物実験にも力を入れています。近年、マウスやラットをはじめとした動物を用いての実験は生命の尊厳といった点から必要性が問われていますが、様々な薬品・治療方法・医療機器の開発、病態生理の解明、遺伝子解析など、医学の発展は我々人間も含めた多くの生命の犠牲のもとにここまで成長してきました。我々はでき得る限り生命の犠牲を伴わない方法での基礎研究を目指しておりますが、それでも動物実験による研究分野は必要不可欠であり、更なる医学の発展に大きく寄与するものであるとの考えのもとに、行っております。



冠疾患

 冠循環を含む脈管分野では、現在、冠循環と老化をテーマに研究を行っております。
 ほ乳類においては、加齢とともに減少する抗老化蛋白Senescence Marker Protein-30 (SMP30)の存在が知られています。このノックアウトマウスが正常なマウスに比べて4倍の速度で老化していくことから、SMP30を介する老化モデルでの検討を行ってきました。これまでに、冠動脈や大動脈において、SMP30の減少や欠損はNADPH oxidaseを介し活性酸素の産生を促進することが判明しています。また、同時に生体における抗酸化作用の減弱が生じることも明らかにしてきました。さらに、同マウスを用いて血管新生との関連を明らかにすべく、下肢の動脈を結紮後、レーザードップラー法により側副血行路発達の様子を観察すると、正常のマウスに比べて障害されていることが判明しております。
 一方、遺伝子操作を施さない老齢マウスに対して、ミトコンドリア由来の活性酸素を特異的に消去し、上述の血管新生の評価を行ったり、ミトコンドリアのエネルギー代謝活性やピルビン酸代謝回転を計測しております。
 不老と若返りは、クレオパトラの時代からの永遠の夢ですが、ミトコンドリアDNAの変異やSirt遺伝子と酸化ストレスの関連についても検討を進めており、心臓と冠血管の若返りを目指して日々研究を行っております。
ミトコンドリアエネルギー代謝測定用フラックスアナライザー

文責:斎藤修一







心不全

 虚血性心疾患や弁膜症、不整脈など様々な心疾患が、心機能の低下、心不全をきたすことから、心不全の基礎研究は重要であると考えています。我々は様々な病態が引き起こす酸化ストレスや炎症性物質が心機能に与える影響について着目し、中でも加齢指標蛋白であるSMP30について、ノックアウトマウスや、心臓特異的にSMP30遺伝子を過剰発現させたマウスを用いて研究を進めてきました。これまでの研究では、アンジオテンシンⅡによる高血圧性心肥大モデルや、ドキソルビシンによる薬剤性心筋傷害モデルにおいて、SMP30は酸化ストレスの発現を抑制し、心機能を改善し心保護的に作用することを証明しました。現在も多方面からSMP30の心臓組織における作用を検討しています。
 また、核内に存在して転写調節因子として重要な役割を担うHigh mobility group box protein 1 (HMGB1)は、細胞外へ分泌されてサイトカインとして作用することが明らかとなっています。我々は以前このHMGB1を心臓特異的に過剰発現させたマウスを用いて、心筋梗塞モデルにおいてHMGB1は梗塞巣において血管新生を促進して梗塞サイズを抑制することを発表しました。現在、詳細な機序を検討しています。
 新しい炎症マーカーとして注目されているペントラキシン3(PTX3)はCRPよりもより局所での炎症反応を反映するといわれているが、以前我々は、PTX3ノックアウトマウスを用いて圧負荷による心不全進展への抑制作用を証明しました。現在はさらに虚血再灌流モデルにおけるPTX3の詳細な機序を解明するための実験を進行しています。

 また、ホスホジエステラーゼ (phosphodiesterase, PDE)と心機能の関わりについても研究を行っています。PDE3は、心筋細胞において、cAMPの代謝を司っており、PKAの活性化を介した強心作用の制御を行っています。PDE3阻害薬は、PKAを介した強心作用を増強することにより、急性心不全の治療に効果を挙げていますが、PDE3阻害薬による慢性心不全患者の長期予後の改善効果は認められておりません。その原因として、PDE3阻害作用が心筋細胞のアポトーシスを引き起こし、心不全をより悪化させる機序が報告されています。不全心筋においては、PDE3の発現が低下しており、慢性的にPDE3阻害作用が生じている状態と類似していることを考え、我々は心特異的PDE3過剰発現マウスを用いて、PDE3が持つ心保護効果の研究を行っております。これまでの研究成果として、心臓特異的PDE3過剰発現マウスでは、低酸素刺激による心筋細胞アポトーシスの抑制、冠動脈結紮虚血再灌流モデルにおける抗アポトーシス作用を介した心筋梗塞領域の縮小を見出しました。また、アンジオテンシンII持続負荷モデルにおいても、PDE3過剰発現マウスでは、アンジオテンシンII刺激による心筋肥大、心筋線維化の抑制を認めています。その機序の一つとして、心筋におけるtransforming growth factor-βの発現が低下していることを見出し、β受容体とアンジオテンシンIIシグナルの相互作用にPDE3が関与している事を示しました。今後も、PDE3が不全心筋において果たす役割を解明し、心不全治療の進歩に貢献できるよう日々研究していきます。

文責:及川雅啓・鈴木聡

最近の主な論文・学会発表
  1. Oikawa M, Wu M, Takeishi Y, et al.
    Cyclic nucleotide phosphodiesterase 3A1 protects the heart against ischemia-reperfusion injury.
    Journal of Molecular and Cellular Cardiology. 2013, 64, 11-19
    doi:10.1016/j.yjmcc.2013.08.003

  2. Misaka T, Suzuki S, Miyata M, Kobayashi A, et al.
    Deficiency of senescence marker protein 30 exacerbates angiotensin II-induced cardiac remodelling.
    Cardiovasc Res. 2013;99:461-70.
    doi:10.1093/cvr/cvt122

  3. Nakamura Y, Suzuki S, Saitoh S, Takeishi Y.
    New angiotensin II type 1 receptor blocker, azilsartan, attenuates cardiac remodeling after myocardial infarction.
    Biol Pharm Bull. 2013;36:1326-31.
    doi:10.1248/bpb.b13-00194

  4. Misaka T, Suzuki S, Miyata M, Kobayashi A, et al.
    Senescence marker protein 30 inhibits angiotensin II-induced cardiac hypertrophy and diastolic dysfunction.
    Biochem Biophys Res Commun. 2013;439:142-7.
    doi:10.1016/j.bbrc.2013.08.002

  5. Miyata M, Suzuki S, Misaka T, Shishido T, et al.
    Senescence marker protein 30 has a cardio-protective role in doxorubicin-induced cardiac dysfunction.
    PLoS One. 2013;8:e79093.
    doi:10.1371/journal.pone.0079093

  6. Oikawa M, Iwaya S, Yan C, Takeishi Y.
    Overexpressed phoshodiesterase 3A1 protects the heart against angiotensin II-induced cardiac injury via regulating interaction between β-adrenergic and angiotensin II signaling pathways.
    Circulation. 2012, 126(21-suppl), A9719

  7. Miller CL, Cai Y, Oikawa M, Yan C, et al.
    Cyclic nucleotide phosphodiesterase 1A: a key regulator of cardiac fibroblast activation and extracellular matrix remodeling in the heart.
    Basic Res Cardiol. 2011, 106(6):1023-39.
    doi:10.1007/s00395-011-0228-2

  8. Oikawa M, Lim S, Yan C, et al.
    Overexpressed phosphodiesterase 3A regulates cardiac function and protects hearts from ischemia/reperfusion injury.
    Circulation. 2011, 124:A11776

  9. Misaka T, Suzuki S, Takeishi Y, et al.
    Senescence marker protein 30 inhibits angiotensin II-induced cardiac remodeling.
    Circulation. 2011, 124:A8880

  10. Miller CL, Oikawa M, Yan C, et al.
    Role of Ca2+/calmodulin stimulated cyclic nucleotide phosphodiesterase 1 in cardiomyocyte hypertrophic growth.
    Circ Res. 2009, 105(10):956-964.
    doi:10.1161/CIRCRESAHA.109.198515

  11. Oikawa M, Yaoita H, Watanabe K, Maruyama Y.
    Attenuation of cardioprotective effect by postconditioning in coronary stenosed rat heart and its restoration by carvedilol.
    Circ J 2008, 72(12):2081-2086.
    doi:10.1253/circj.CJ-08-0098