米国科学誌「Pain」掲載(2025年7月)
Regulation of nociception by long-term potentiation of inhibitory postsynaptic currents from insular cortical parvalbumin-immunopositive neurons to pyramidal neurons.
島皮質パルブアルブミン陽性細胞から錐体細胞への情報伝達におけるシナプスの長期増強は疼痛緩和を誘導する

加藤 成樹(かとう・しげき)
生体機能研究部門 准教授

小林 和人(こばやし・かずと)
生体機能研究部門 教授
研究グループ
日本大学歯学部薬理学講座
助教 小林 理美
教授 小林 真之
福島県立医科大学医学部生体機能研究部門
准教授 加藤 成樹
教授 小林 和人
同志社大学大学院脳科学研究科
准教授 尾崎 弘展
概要
論文掲載雑誌:「Pain」(2025年7月16日)
島皮質(IC)は、味覚や内蔵感覚を含む多様な感覚情報を処理する高次脳領域であるとともに、痛みの知覚や不快感に重要な役割を果たすと考えられている。また、心理的痛みや痛みの共感など、痛みにまつわる行動制御への多岐にわたる関与が示唆されている。
本研究では、ICにおける抑制性の介在ニューロンであるパルブアルブミン陽性細胞(PVN)を活性化し、それによって興奮性ニューロンである錐体細胞(PN)に形成するシナプスの長期増強(LTP)が、口腔顔面領域の痛みにどのように影響するかを解析した。はじめに、ICを含む急性脳スライス標本を作製し、ホールセル・パッチクランプ法を用いて、PVN−PNの抑制性シナプス後電流(IPSC)を記録することで、LTPを誘導する刺激条件を検討した。その結果、光感受性分子を遺伝子導入したPVNに対してθバーストに類似した高頻度の光刺激することで、PVNからPNへのIPSCの振幅は有意に増大し、PVN−PNシナプスのLTPが誘導されることを明らかとした。
次に、ラットの頬への侵害刺激に対する逃避行動を計測して、痛みに対する感受性を評価した。実験では、PVNを光刺激で活性化させた動物と、繰り返し光刺激することでLTPを誘導した動物を用いて侵害刺激を行うと、LTPを誘導した動物において顕著に逃避行動が減少することを発見した。つまり、ICにおけるPVN−PNの抑制性シナプスにLTPを引き起こすことが、疼痛を効果的に緩和することを示唆した。
慢性疼痛モデルでは、ICにおけるPNへの興奮性入力の増加と抑制性入力の減少が報告されており、ICの過興奮は、慢性疼痛の発生と維持に重要な役割を果たすと考えられていた。本研究で見出した、PVN−PNの抑制性シナプス伝達のLTP誘導は、ICから興奮性出力を減少させるメカニズムを通じて、PNの活動を直接抑制するのではなく、PVNの活性化を通じて間接的にPN活動を抑制することで、正常な侵害刺激の伝達を維持しつつ、痛みを軽減できるという利点があると考えられる。
以上のことから、ICにおけるPVN−PN抑制性シナプスのLTPを誘導することは、疼痛緩和の新しい治療法となる可能性を示唆している。光刺激を用いたLTP誘導は、特定の神経回路を標的として痛みを制御する、より精密な介入戦略の基盤を提供し、将来的には、このメカニズムに基づいた、より安全で効果的な疼痛治療法の開発につながることが期待される。
本研究成果は、米国科学雑誌「Pain」(2025年8月号)に掲載されたのに先立って、オンライン版(2025年7月16日)に掲載されました。
(加藤 成樹)
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