研究成果

脊髄損傷後の運動機能の回復における側坐核の役割
伊佐正(計画班員)
生理学研究所

Function of the nucleus accumbens in motor control during recovery after spinal cord injury.
Sawada M, Kato K, Kunieda T, Mikuni N, Miyamoto S, Onoe H, Isa T, Nishimura Y.
Science 350(6256):98-101 (2015)

やる気や頑張り”がリハビリテーションによる運動機能回復に
大切であることを脳科学的に証明

 脊髄損傷や脳梗塞の患者のリハビリテーションでは、意欲を高くもつと回復効果が高いことが、これまで臨床の現場で経験的に知られていました。それとは逆に、脳卒中や脊髄損傷後にうつ症状を発症するとリハビリテーションに支障が出て、運動機能回復を遅らせるということも知られています。しかし、実際に脳科学的に、“やる気や頑張り”といった心の状態が、運動機能回復にどのように結び付いているのかは解明されていませんでした。

今回、自然科学研究機構・生理学研究所の西村幸男准教授と京都大学大学院医学研究科大学院生(当時)の澤田真寛氏(現・滋賀県立成人病センター 脳神経外科)、理化学研究所・ライフサイエンス技術基盤研究センターの尾上浩隆グループディレクターの共同研究チームは、脊髄損傷後のサルの運動機能回復の早期において、“やる気や頑張り”をつかさどる脳の領域である「側坐核」が、運動機能をつかさどる「大脳皮質運動野」の活動を活性化し、運動機能の回復を支えることを脳科学的に明らかにしました。この研究結果から、“やる気や頑張り”をつかさどる「側坐核」の働きを活発にすることによって、脊髄損傷患者のリハビリテーションによる運動機能回復を効果的に進めることができるものと考えられます。本研究成果は、米国科学誌のサイエンス誌に掲載されます(102日オンライン版掲載予定)。

研究チームは、“やる気や頑張り”をつかさどる脳の神経核である「側坐核」と運動機能をつかさどる「大脳皮質運動野」との神経活動の因果関係に注目しました。

脊髄損傷前のサルの側坐核を薬剤で一時的に働かない状態(不活性化)にしたところ、手を巧みに動かす動作(巧緻性運動)には全く影響がありませんでしたが、脊髄損傷からの回復途中(脊髄損傷後約1ヶ月)のサルでは、一旦直り始めていた手の巧緻性運動が障害されるとともに、大脳皮質運動野の神経活動が低下しました。また、手の機能が完全に回復した脊髄損傷後約3ヶ月では、側坐核の不活性化による手の巧緻性運動への影響はありませんでした。これらの結果から、脊髄損傷後の運動機能回復の早期では、側坐核による運動野の活性化がリハビリテーションによる手の運動機能回復を支えていることがわかりました。

西村准教授は「今回の実験結果から、リハビリテーションにおいては運動機能を回復させることばかりが重要なのではなく、“やる気や頑張り”を支える側坐核の働きが大切であることがわかりました。実際の患者においては、脳科学や心理学などに基づく心理的サポートが重要であることがわかります。」と話しています。

本研究は文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム(平成27年度より日本医療研究開発機構(AMED)に移管)の一環として実施され、科学研究費補助金の新学術領域研究および基盤研究(A)、(B)からの補助を受けて行われました。

今回の発見

・脊髄損傷後の運動機能回復の早期では、“やる気や頑張り”をつかさどる側坐核による大脳皮質運動野の活性化が、手の運動機能回復を支えている。

・脊髄損傷前と完全に運動機能回復した後では、側坐核の活動は大脳皮質運動野の活動及び手の運動に関与していない。

投稿日:2015年10月05日

霊長類における光遺伝学を利用した神経回路の選択的操作
井上謙一(公募班員)
京都大学霊長類研究所

Neuronal and behavioural modulations by pathway-selective optogenetic stimulation of the primate oculomotor system.
Ken-ichi Inoue, Masahiko Takada, Masayuki Matsumoto.
Nature Communications 21, 8378 (2015)

本研究では、眼球運動を制御する神経ネットワークのうち、前頭眼野から上丘への神経路に着目し、ウイルスベクターを用いてチャネルロドプシン2を前頭眼野の神経細胞に発現させました。オプトロード(光ファイバーを取り付けた記録電極)を上丘に刺入し、チャネルロドプシン2を発現した前頭眼野の神経細胞の軸索末端を光刺激すると、上丘の神経細胞の神経活動の上昇が確認され、本手法によりサル前頭眼野―上丘路の選択的刺激が可能であることが示されました。また、固視課題実行中のサルの前頭眼野―上丘路のみを光刺激により選択的に活性化するとサッカードが誘発されること、および、視覚誘導性サッカード課題実行中のサルではサッカード開始時間が光刺激により変化することが分かりました。本研究で確立した手法は、霊長類において特定の神経回路だけをターゲットとして、適切なタイミングでその回路の活動を操作・調節することを可能とするため、高次脳機能の解明や、精神・神経疾患の病態の解明のために有用なツールとなると考えられます。

左: 前頭眼野から上丘への神経路のみを光によって操作する実験系の概念図。右: 電気刺激と光遺伝学による神経回路選択的な光刺激との違い

投稿日:2015年10月03日

大脳皮質FSバスケット細胞の5層の錐体細胞への抑制性神経支配様式
藤山文乃(計画班員)
同志社大学

Functional effects of distinct innervation styles of pyramidal cells by fast spiking cortical interneurons
Yoshiyuki Kubota, Satoru Kondo, Masaki Nomura, Sayuri Hatada, Noboru Yamaguchi, Alsayed A. Mohamed, Fuyuki Karube, Joachim Lubke, Yasuo Kawaguchi (2015)
eLife (2015) eLife.07919


大脳皮質FSバスケット細胞の5層の錐体細胞への抑制性神経支配様式

ラットの大脳皮質前頭野の錐体細胞上に分布する抑制性シナプスに着目して、形態学的、生理学的な解析を行った結果、2つの抑制原理を理解するに至りました。まず、非錐体細胞の抑制性神経終末のジャンクションの面積とターゲットの大きさは奇麗に相関していました。ターゲットが小さい場合には小さい抑制シナプス電流を、大きい場合は大きい抑制シナプス電流を入れる事で均等な抑制効果を得るのであろうと考えられます。また、FSバスケット細胞の抑制様式は3つの様相(細胞体の抑制、樹状突起の抑制、棘突起の抑制)を持ち、それぞれ異なった機能を持つ事がわかりました。細胞体の抑制は最も強い抑制です。一方、樹状突起への抑制は小さく近傍のみに影響を与えます。棘突起への抑制はとても小さく棘突起頭部のみを抑制する効果がある事がわかりました。FSバスケット細胞は、この3つの抑制様相を使って、ターゲットの錐体細胞の活動を効率よく抑制している事が推測でき、大脳皮質の活動を上手に制御していると考えられます。

投稿日:2015年09月17日

大きさの恒常性の神経メカニズムの解明
藤田一郎(公募班員)
大阪大学大学院生命機能研究科・脳情報通信融合研究センター

Shingo Tanaka, Ichiro Fujita  (2015)
Computation of object size in visual cortical area V4 as a neural basis of size constancy.
Journal of Neuroscience, 35(34): 12033-12046.

向こうから歩いてくる人を見ている時、その像は網膜上でだんだん大きく​なるが、その人が大きくなっていくようには感じない(大きさ恒常性)。この現象は、物体の大きさを知覚する時、脳が物体の網膜像サイズに加えて距離も考慮していることを意味している。本研究は、霊長類の大脳皮質V4野の細胞が、距離の情報に基づいて刺激の網膜像サイズに対する反応を適応的に変化させることで、物体の大きさを算出することを明らかにした。


図1 距離と網膜像の両方が大きさの知覚を決める

左図は何の変哲もない状景だが、白線上の人物の像をコピーして奥に貼り付けるとこの人は巨人のように見え(中央)、手前に貼り付けると小人のように見える(右)。これは、線遠近、きめの勾配、陰影といった手がかりを使い脳が距離を推定し、その情報を加味して大きさを知覚しているからだ。物体の距離が変わった時に起きるはずの網膜像の大きさ変化を無視して画像を作ったため、大きさ恒常性が起きず異常な大きさに感じるのである。

投稿日:2015年09月06日