研究成果

融合糖タンパク質E型変異体による神経細胞特異的逆行性レンチウイルスベクターの遺伝子導入効率の増強
小林和人(領域代表)、高田昌彦(公募班員)、井上謙一(公募班員)
福島県立医科大学、京都大学

Enhancement of the transduction efficiency of a lentiviral vector for neuron-specific retrograde gene delivery through the point mutation of fusion glycoprotein type E
Shigeki Kato, Masateru Sugawara, Kenta Kobayashi, Kei Kimura, Ken-ichi Inoue, Masahiko Takada, and Kazuto Kobayashi

J Neurosci. Methods 311: 147-155 (2019) doi: 10.1016/j.jneumeth.2018.10.023.
 

【要点】
(1) 解剖学的な神経ネットワーク研究への応用と様々な分子遺伝学的ツールとの組み合わせによる脳機能マッピングへの発展が見込まれる。
(2) パーキンソン病をはじめとする、難治性神経変性疾患に対する新たな遺伝子治療へのアプローチが期待される。
 

【研究概要】
 神経回路における情報の処理と行動機能の関係を明らかにするためには、その回路を構成するニューロンや神経路がどのような制御を受けて特定の入出力関係における神経機能をコントロールしているかを知る必要があります。我々のグループはこれまで、独自に開発した融合糖タンパク質を用いてレンチウイルスベクターをシュードタイプ化することにより、高頻度な逆行性遺伝子導入するベクター技術を開発してきました(Kato et al, J. Neuosci. 2011; Hum. Gene Ther. 2011a,b; J. Nuerosci. Methods 2014)。
 今回の研究では、融合糖タンパク質E型 (FuG-E) の特定部位に様々なアミノ酸の点変異を導入し、マウス脳内における遺伝子導入効率を解析しました。FuG-Eの440番目のアミノ酸をプロリンからグルタミン酸に置換した変異体FuG-E (P440E)が従来のベクターよりもより高い遺伝子導入効率を示すことを発見しました。この改良型ベクターは、マーモセットの脳内においても従来型ベクターに比較してより高い遺伝子導入性能を示しました。今後、解剖学的な神経ネットワーク研究への応用や分子遺伝学との組み合わせによる脳機能マッピングへの発展が望まれるだけでなく、難治性神経変性疾患に対する新たな遺伝子治療法へのアプローチとしても期待されます。

 




 

投稿日:2018年11月02日

行動の選択と柔軟な切り替えにおける視床髄板内核ニューロンの役割と
回路のシフト
小林和人(領域代表)
福島県立医科大学

Action selection and flexible switching controlled by the intralaminar thalamic neurons.
Shigeki Kato, Ryoji Fukabori, Kayo Nishizawa, Kana Okada, Nozomu Yoshioka,
Masateru Sugawara, Yuko Maejima, Kenju Shimomura, Masahiro Okamoto,
Satoshi Eifuku, and Kazuto Kobayashi

Cell Rep. 22: 2370-2382 (2018) doi: 10.1016/j.celrep.2018.02.016.
 

【要点】
(1) 視床髄板内核を構成する外側中心核から線条体への神経伝達の働きは、学習や経験に基づく選択行動とその切り替えの柔軟性をコントロールする。
(2) 外側中心核と束傍核から線条体へ入力する経路は、学習プロセスにおいて時期特異的な役割を担い、学習過程で髄板内核を含む複数の皮質―基底核ループ回路が遷移していることを示唆する。
(3) 髄板内核は、パーキンソン病等の脳神経疾患で変性することが知られており、疾患の発症や病態機序の解明および治療薬の開発に結び付くものと期待される。
 

【研究概要】
 自然界において、動物は状況に応じて適切な行動を選択し、様々な環境の変化に対して迅速に行動を切り替えなければいけません。これらの行動は、多くの脳領域を結び付ける複雑な神経ネットワークが相互作用することによって発現すると考えられていますが、その仕組みは十分にわかっていません。視床の髄板内核は、これまで主に痛覚を媒介し、感覚機能の制御に関わると考えられていましたが、その役割はよく理解されていませんでした。一方で、この神経細胞は、運動の制御や認知機能に関わる線条体に投射していることから、我々の研究グループは、視床髄板内核はこのような高次な脳機能に関わるかもしれないという仮説を検証するため、特定の神経回路の機能を操作する技術を利用して、視床から線条体へ連絡する神経回路の機能を解析することに取り組みました。
 以前の研究で、髄板内核の束傍核(parafascicular nucleus/PF)から線条体へ投射する神経路を除去するアプローチを用いて、PFは視覚弁別学習の獲得と実行に重要な役割を持つことを見出しました(Kato et al, J. Neurosci. 2011)。本研究では、異なる髄板内核である外側中心核(central lateral nucleus/CL)の機能を明らかにするために、特定経路を除去するアプローチとその神経路の機能を化学遺伝学により抑制する技術を応用して、CLから線条体へ入力する神経路が刺激弁別行動を実行する際に重要な役割を果たすこと、また刺激やルールの変更に伴って行動を切り替える際の柔軟性を促進することを発見しました(Kato et al, Cell Rep. 2018)。これらの2つの研究から、PFとCL線条体路は、刺激弁別学習のプロセスにおいて異なる時期に必須なことが示され、学習の過程で皮質基底核ループ回路が切り替わることが知られていることから、回路の遷移は視床髄板内核も含めた皮質基底核を連関する複数のネットワークで大規模に起きていることが示唆されました。
 今回注目した視床髄板内核は、これまで主に痛覚を媒介し、感覚機能の制御に関わると考えられていましたが、本研究は、この神経核が線条体を介して認知機能に関わるという新たな知見を提供しました。これは、将来、神経変性に関わる疾患の病態機序の解明や治療薬の開発にも結び付く可能性があります。

 


図: 視床線条体路による行動の選択と柔軟性な切り替えの制御
図: 視床線条体路による行動の選択と柔軟性な切り替えの制御

投稿日:2018年02月28日

空間作業記憶に必要な海馬神経メカニズム
佐々木拓哉(公募班員)
東京大学

Dentate network activity is necessary for spatial working memory by supporting CA3 sharp-wave ripple generation and prospective firing of CA3 neurons.
T. Sasaki, VC. Piatti, E. Hwaun, S. Ahmadi, JE. Lisman, S. Leutgeb, JK. Leutgeb
Nat Neurosci. (2018) doi:10.1038/s41593-017-0061-5

 

論文URL
 

【要点】
歯状回-海馬の神経回路は、空間作業記憶に必要な脳領域である。
歯状回の神経投射に依存して海馬神経細胞の同期活動が発生し、この同期活動は適切な空間作業記憶に必要である。
動物が環境に適応して脳神経系を進化・発生させる仕組みの理解に貢献した。

 

【発表概要】
 動物は、現在の作業に必要な情報を一時的に記憶し、その記憶に基づいて一連の作業を効率的に実行できる。こうした記憶は、「作業記憶(ワーキングメモリ)」と呼ばれ、これまで前頭皮質などの脳領域の関与が注目されてきた。いっぽう、海馬とその近傍の歯状回といった脳領域は、過去に起こった出来事の長期的な記憶(エピソード記憶)には重要であることが知られていたが、作業記憶との関連はほとんど明らかではなかった。
 本研究では、まず、歯状回を破壊したラットに、複数の報酬位置を記憶するような空間迷路課題を解かせると、行動成績が有意に低下することを確認した。このことから、歯状回の空間作業記憶への必要性が示唆された。さらに詳細な神経メカニズムを調べるため、ラットの海馬に数十本の金属電極を慢性的に埋め込み、神経細胞の電気活動を記録した。その結果、正常ラットでは、海馬の神経細胞集団が顕著な同期活動を示したが、歯状回を破壊したラットではこのような活動が減少した。こうした同期活動には、海馬の場所細胞の発火が多数含まれており、正常ラットでは、これから訪れるべき報酬位置に対応した場所細胞の活動がより高く保たれていたが、課題を解くことができない歯状回破壊ラットでは、そのような特徴が消していた。これらの結果から、(1)歯状回-海馬回路が空間作業記憶に必要であること、(2)歯状回が海馬神経細胞の同期活動の発生に重要であること、(3)空間作業記憶を必要とする課題中には、海馬の神経細胞の活動パターンが適切に制御される必要があること、そして(4)こうした特徴的な活動には、歯状回が必要であること、が示された。これらの知見は、記憶すべき項目が刻々と変化するような環境に適応し、正しく作業を進めるための脳メカニズム解明への布石となる。

 


図の説明
(A) 報酬位置を一時的に記憶する8方向放射状迷路課題をラットに解かせた。歯状回を破壊すると、課題成績が有意に低下した。(B) 課題遂行中のラットから、海馬の神経活動を記録すると、神経細胞の同期活動を反映した特徴的な脳波(リップル波)が検出された。この活動は歯状回からの神経入力(投射線維の量)に依存していた。

投稿日:2018年01月16日

「臨機応変」を配線する – 動物の行動選択を担う神経回路メカニズムの解明 –
能瀬 聡直(公募班員)
東京大学

Divergent connectivity of homologous command-like neurons mediates segment-specific touch responses in Drosophila
Suguru Takagi, Benjamin Thomas Cocanougher, Sawako Niki, Dohjin Miyamoto, Hiroshi Kohsaka, Hokto Kazama, Richard Doty Fetter, James William Truman, Marta Zlatic, Albert Cardona and Akinao Nose*
Neuron (2017) doi: 10.1016/j.neuron.2017.10.030
 

プレスリリース
論文URL
 

【発表のポイント】
動物の「臨機応変」な行動選択を実現する神経回路の仕組みを明らかにした。
相同なニューロンの多様化が「臨機応変」な行動選択を実現することを示した。
動物が環境に適応して脳神経系を進化・発生させる仕組みの理解に貢献した。

 

【発表概要】
外界の状況に応じて「臨機応変」に行動することは動物の生存・繁栄に必須です。その最も単純な例として、動物は触覚刺激を受けたときに、その体の部位によって異なる応答をすることで刺激源からうまく逃れます。しかし、このような基本的な行動戦略においてさえ、臨機応変な行動選択を実現する脳神経系のしくみはほとんどわかっていませんでした。今回、東京大学大学院理学系研究科の高木優大学院生と新領域創成科学研究科の高坂洋史講師、能瀬聡直教授らの研究グループは、ショウジョウバエ幼虫において臨機応変な行動選択を実現する神経回路の構造と機能をはじめて明らかにしました。最先端のオプトジェネティクスやコネクトーム解析という手法を用いて感覚入力から運動出力に至る回路構造を明らかにし、Waveと名付けたニューロン群が脳神経系内の部位によって異なる配線をすることで、異なる体部位への感覚入力をそれぞれに適した逃避行動の実行に結びつけることを示しました。相同なニューロンが多様化することで「臨機応変」な行動選択が実現されるという発見は、動物一般にあてはまる基本原理である可能性が高く、動物行動制御のしくみの解明につながる大きな成果であると言えます。また環境に適応して脳神経系が進化・発生する過程の理解にも貢献するものです。

投稿日:2017年12月25日

行動柔軟性における線条体コリン作動性介在ニューロンの役割は行動課題により依存する
小林和人(領域代表)
福島県立医科大学

Task-dependent function of striatal cholinergic interneurons in behavioural flexibility.
Kana Okada, Kayo Nishizawa, Susumu Setogawa, Kouichi Hashimoto, and Kazuto
Kobayashi
Eur J Neurosci. (2017) doi: 10.1111/ejn.13768.

 

【要点】
試行間間隔が短い条件下では、背内側コリン作動性介在ニューロンが反応弁別課題の逆転学習を促進する。
試行間間隔が長い条件下では、背内側コリン作動性介在ニューロンが場所弁別課題および反応弁別課題の逆転学習を抑制する。
行動柔軟性は、背内側コリン作動性介在ニューロンによって双方向的に制御される。

 

【研究概要】
行動の柔軟性とは、事前に学習した刺激―反応―結果間の関係をルールの変化に合わせて変更する能力のことである。動物が、この柔軟性によって学習内容の適切な変更を随時行うことは、生存上不可欠である。これを担う神経基盤のひとつとして、線条体のコリン作動性介在ニューロンが挙げられるが、そのメカニズムに関しては定かではない。本研究では、条件づけられた手掛かりに学習応答性活動を示すとみなされる線条体コリン作動性介在神経細胞に注目し、この細胞が行動柔軟性にどのような役割を果たしているのかを明らかにした。イムノトキシン細胞標的法によってラット背内側線条体の当該細胞を選択的に除去し、異なる試行間間隔と弁別の種類における課題条件下での行動柔軟性を検討した。その結果、背内側線条体コリン作動性介在ニューロンが、試行間間隔が短い場合には反応弁別逆転学習における行動柔軟性を促進する役割を持つのに対し、試行間間隔が長い場合には場所弁別課題や反応弁別課題の逆転学習での行動柔軟性を抑制する役割をもつことが明らかとなった(図)。この結果により、学習課題に用いられる“弁別行動の種類”や“試行間間隔の時間条件”の違いによって、背内側線条体コリン作動性介在ニューロンが行動の柔軟性を双方向的に制御することが示された。


図: 線条体コリン作動性介在神経細胞の行動柔軟性の双方向制御

投稿日:2017年12月25日