前立腺がん治療の新しい可能性 ― 放射線治療薬候補の治験
2025年9月18日、本学で前立腺がんに対する放射性治療薬候補の治験について記者会見を開催しました。会見には竹之下誠一理事長兼学長、医学部泌尿器科学講座の小島祥敬教授、先端臨床研究センターの志賀哲教授、医療研究推進センターの小早川雅男教授、先端臨床研究センターの高橋和弘教授の計5名が参加しました。
1. 研究のポイント
- 「純国産」の次世代治療薬候補: 去勢抵抗性前立腺がんを対象とした、純国産の放射性治療薬候補「²¹¹At-NpG-PSMA」の医師主導治験を開始します。
- 理想的な構造: ²¹¹At-NpG-PSMAはがん細胞を至近距離で狙い撃ちする強力なアルファ線放出核種アスタチン-211(²¹¹At)を含み、好ましくない作用の原因となる放射性核種の遊離が少ない「NpG構造」によってリガンドと結合しています。
- 2つ目の放射性治療薬候補の治験: 本学がこれまで進めてきた、悪性褐色細胞腫に対する治験に続く、放射性治療薬候補の治験としては2つ目となります。
- 一貫した研究開発体制: 本学は、医療用中型サイクロトロンによる放射性薬剤の製造から臨床 試験まで一貫して対応できる国内随一の体制を確立しています。
2. 概要
去勢抵抗性前立腺がんを対象とした医師主導治験「ASTRA1研究」の開始
この治験は、新規放射性リガンド治療薬候補「²¹¹At-NpG-PSMA」の安全性と適切な投与量を確認する第I相試験です。本学は、放射性薬剤の製造から臨床試験まで一貫して対応できる体制を整えており、本治験は、研究段階からヒトへの投与へと進む重要なステップです。
3. 研究の背景
前立腺がんは、近年日本において男性で最も罹患数が多いがんの一つです。初期はホルモン療法が有効ですが、多くの患者がやがて薬剤に抵抗性を示す「去勢抵抗性前立腺がん」に進行し、新たな作用機序を持つ治療薬が求められています。
2011年の東日本大震災と原子力発電所事故以来、本学は「放射線健康リスク科学」という新たな分野に挑戦し、放射線の「負」のイメージを払拭し、医療という「希望の光」に変える研究を進めてきました。竹之下誠一理事長兼学長は、この取り組みが福島の復興の象徴であり、世界に誇る先端医療研究であると強調しました。
4. 本治験(ASTRA1研究)の概要
本治験の対象薬剤である「²¹¹At-NpG-PSMA」は、前立腺がん細胞の表面に多く発現するタンパク質「PSMA」を標的とし、アスタチン-211という放射性核種とリガンドを結合させた「標的型」放射性治療薬候補です。
アスタチン-211が放出するアルファ線は、ベータ線と比較して、飛程(届く距離)が非常に短く、エネルギーが大きいため、がん細胞を強力に攻撃しつつ周囲の正常組織への影響を抑えられます。また、半減期が約7.2時間と短いため、外来での治療が期待できるという利点もあります。
この薬剤は、既存のアスタチンを用いた薬剤開発で課題となっていた、体内で放射性核種が外れてしまう「脱アスタチン化」のリスクを、「NpG構造」という化学構造の導入により低減しました。
これにより、遊離したアスタチンの胃や甲状腺などへの集積が低く抑えられると期待されます。
本研究は、本学が誇る医療用中型サイクロトロンを活用し、製造から臨床試験までを一貫して行う体制のもとで進められた「純国産」の医薬品開発となります。
5. 用語説明
アスタチン-211(²¹¹At): アルファ線を放出する放射性核種。半減期が短く、強力ながん細胞攻撃能力を持つが、飛程が短いため、正常組織への影響を抑えられます。
PSMA(Prostate Specific Membrane Antigen): 前立腺がん細胞の表面に90%以上発現しているタンパク質。このタンパク質は「鍵穴」であり、「鍵」と例えられる薬剤の構造部分であるリガンドを介して、治療薬の標的となります。
医師主導治験: 医師が主体となり、医薬品等の薬事承認を目的に行う臨床試験。
本学所有中型サイクロトロンMP-30:臨床試験用のアスタチン²¹¹Atを製造する機器。
がんの標的型治療薬に不可欠な²¹¹Atを製造する機器です。短い半減期(約7.2時間)を持つ²¹¹Atを医薬品として応用するには、迅速な製造と供給体制が必須です。本機器がこのインフラを担うことで、放射性同位元素(RI)の安定供給と迅速な臨床研究が可能となり、がんの放射性医薬品の研究を強力に推進しています。
がん治療における革新的な変化、核医学治療の導入:核医学治療とは、放射性同位元素(RI)を構造に有する放射性薬剤を体内に投与し、その薬剤が病巣に集まる性質を利用して、病巣に放射線を当てることで治療を行う方法です。「RI内用療法」とも称されます。手術や通常の抗がん剤治療とは異なる治療法として、新たな特徴を有します。
現代医療において、核医学治療は特定の疾患に対する限定的な治療法という枠を超え、がん治療の主要な柱の一つとして急速な進化を遂げています。がんの治療戦略の中に核医学治療を組み込むことで、患者さん一人ひとりの病気の状態に合わせた、より個別化された医療の実現を目指す試みが進んでいます。





