福島県立医科大学 医学部 脳神経外科
研究の紹介
髄膜腫の遺伝子解析
脳脊髄液の糖タンパク解析
神経線維腫症2型に対する治療開発
術中蛍光脳血管撮影
術中脳・神経機能モニタリング
3次元CT画像の臨床応用
くも膜下出血後の脳血管攣縮の予防

髄膜腫の遺伝子解析
髄膜腫の悪性サブグループの発生メカニズム解明

 現在当講座では、細胞科学研究部門 和田 郁夫教授、看護学部生命科学部門 森 努准教授のご協力の元に、上記テーマの研究を行っています。
 髄膜腫は、日本人に発見される頭の中の原発性腫瘍の中で最も多いものです。髄膜腫の多くは組織学的に良性(世界保健機関/WHOの脳腫瘍分類グレードI)で、増大速度がゆっくりであるため、小さい腫瘍は経過観察可能です(小さくても視神経などの重要構造物に近接していたり痙攣をおこしたりする場合には、治療対象となります)。また治療が必要になった場合でも、多くの症例では、手術で摘出することにより治癒または腫瘍の制御が可能です。しかし、髄膜腫の中には、組織学的良性(WHOグレードI)であるにも関わらず、周囲の組織に強く浸潤したり、比較的早く増大したり、或いは一般的な髄膜腫とは異なる拡がり方をしたりする症例があります(en plaque meningioma, invasive meningiomaなどと呼ばれているものです)。また、良性だった髄膜腫が経過中或いは手術後に悪性髄膜腫に変化することもあります。
 このようなことから我々は、組織学的に「良性」と判断している髄膜腫の中にも、組織所見のみでは予測できない潜在的な悪性群が存在すると考えてきました。そして、DNAメチル化という観点からそのような症例を識別するためのマーカーの確立を目指したのが、下記の論文(Kishida Y, 2012)です。この基盤研究では、髄膜腫において一部の腫瘍に共通して過剰なDNAメチル化をきたす遺伝子群が存在し、このような腫瘍群では再発頻度が高い可能性があること、またDNA過メチル化は組織学的変化よりも先に発生していることが示唆されました。現在、その研究でマーカーとして同定した遺伝子のうちいくつかの遺伝子を抽出し、その機能的な意義を解析しています。またこれらの遺伝子の発現あるいは抑制状態が、腫瘍細胞の形態や増殖速度、浸潤能、そして治療への抵抗性にどのような影響を与えるのかを研究しています。このような研究を進めることで、一部の髄膜腫が臨床的に悪性経過をたどる原因遺伝子を絞り込んだり、また放射線治療への反応性を改善させるなど治療応用に結び付けたりできればと考えています。
業績:
Kishida Y, et al: Epigenetic subclassification of meningiomas based on genome-wide DNA methylation analyses. Carcinogenesis 33: 436-441, 2012
Ando H, et al: Biochem Biophys Res Com 433: 139-144, 2013
Ando H, et al: Cancer Chemotherapy Pharmacol 73: 53-60, 2014
脳脊髄液の糖タンパク解析
 福島県立医科大学生化学教室の橋本康弘教授との共同研究として、松本由香先生(2014年3月大学院卒業)が脳脊髄液の研究「特発性正常圧水頭症の予後診断バイオマーカーの解析」を行いました。橋本教授は、脳脊髄液中にユニークな「髄液型」糖鎖をもつトランスフェリンのアイソフォームがあること、特発性正常圧水頭症ではこの髄液型トランスフェリンが半減しており、アルツハイマー病との鑑別がかのうであることをみつけていました。

 松本先生は、特発性正常圧水頭症患者に髄液シャント手術を施行した後、経時的に髄液中の可溶性アミロイドタンパク質と髄液型トランスフェリンを測定しました。その結果、術後に可溶性アミロイドタンパク質および髄液型トランスフェリンが増加すること、可溶性アミロイドタンパク質の上昇が認知機能の回復と相関する傾向があることがわかりました。
業績:
橋本康弘ら:Cognition and Dementia 11:127-132, 2012
神経線維腫症2型に対する治療開発
 神経線維腫症2型(NF2)は、両側に聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)ができる常染色体優性の遺伝性疾患です。頭蓋内や脊椎には神経鞘腫と髄膜腫が多発し、脊髄には上衣腫も発生します。原因の遺伝子は22番染色体長腕(22q12.2)に存在し、NF2の方ではこの遺伝子が作るメルリンという腫瘍抑制蛋白が正常に働かないために腫瘍が発生することが分かっています。

 齋藤は厚生労働省の難治性疾患克服事業「神経皮膚症候群に関する調査研究班」に所属し、これまでに診断基準、重症度分類、治療指針などを作成しました。また、厚生労働省の難病ホームページの作成、難病の会である「あせび会」での講演も行っています。研究としては、髄膜腫を中心に腫瘍の特性を関係する遺伝子を解析しています。

 NF2患者様の紹介も多く、必要に応じて腫瘍の摘出術を行っています。また、NF2の皆様からは聴性脳幹インプラントによる聴覚再建や、ベバシズマブ(商品名アバスチン)の点滴静注治療についての要望や期待が大きく、これらを保険診療可能にするための手続きを行っています。聴性脳幹インプラントについて、齋藤は名古屋大学のときに1例治療を経験しています。現在企業と協力して治験を準備していますが、なかなかすすみません。アバスチンについては、平成25年度に福島県立医科大学で倫理申請し、自由診療として5例の治療を行いましたが、外国の文献で示された効果と同じように約半数の患者様で聴神経鞘腫の縮小が確認されました。今後、高度先進医療申請または医師主導治験を行い、保険収載をめざします。

神経線維腫症2型、20代女性:左上から初回術前、術後、8年後術前、術後のMRI

アバスチン治療後の聴神経鞘腫体積変化
業績:
Ando H, et al: Biochem Biophys Res Com 433:139-144, 2013
Kishida Y, et al: Carcinogenesis 33:436-441, 2012
曾根三千彦ら:耳鼻咽喉科・頭頸部外科 82:135-139, 2010
Ito E, et al: Neurosurg Review 32:425-433, 2009
Nakene Y, et al: J Neurosurg 107:398-404, 2007
Otsuka G, et al: J Neurosurg 99:480-483, 2003
術中蛍光脳血管撮影
 手術用顕微鏡を通して血管内の血流を観察することを目的とした、蛍光物質を用いた蛍光脳血管撮影の臨床研究が進行中です。
 蛍光物質とは、特定の波長の光(励起光)を吸収して、異なる波長の光(蛍光)を放出する物質です(図1)。術中蛍光血管撮影に際して現在使用されている蛍光物質には、インドシアニン・グリーン(ICG)とフルオレセインNa(Fluorecein)とがあります。Fluoresceinは465-490nmの光を吸収して520-530nmの光を放出します。ICGも同様で、照射光よりも長い波長の蛍光を発します(図2)。この励起光と蛍光の波長が異なることが蛍光物質の魅力です。真っ暗な部屋でフルオレセインに465-490nmの光を照射し、465-490nmの光は遮断するが520-530nmの光は通過させるフィルターで観察すると、フルオレセインからの蛍光が綺麗に見えます。

 蛍光物質を血管内に投与し、その血管に励起光を照射すると血管内から蛍光が放出されます。この蛍光の流れを、励起光は遮断して蛍光は通過させるフィルターを介して観察するのが蛍光血管撮影です。原理はICGもFluoresceinも同様ですが、ICGの蛍光は赤外光である(可視光でない)ため赤外線カメラを介して観察する必要があります。Fluoresceinの蛍光は可視光であるため肉眼で直接観察することが可能です。Fluoresceinを用いた術中蛍光血管撮影(fluorescence cerebral angiography: FCAG)については、鈴木恭一先生(福島赤十字病院脳神経外科部長)を中心に開発し臨床応用を普及してきました。今ではICGを用いた術中蛍光血管撮影(図3中段)と同様に広く用いられています(図3下段)。

 これをさらに進めるため、現在2つのプロジェクトを同時平行して開発しています。ひとつは、通常の顕微鏡手術で観察する術野に血流画像を重ね合わせる次世代顕微鏡システムの開発です。もうひとつは、鈴木恭一先生が新たに開発した、高価な蛍光撮影機能を内蔵していない手術顕微鏡でも蛍光血管撮影を施行するための、低価格の蛍光撮影用フィルターです(図4)。いずれのプロジェクトも臨床例での検討段階に入っています。
業績:
鈴木恭一ら:脳卒中の外科 39: 211-216, 2011
鈴木恭一ら:脳卒中の外科 37: 240-245, 2009
Suzuki K, et al: J Neurosurg 107: 68-73, 2007
術中脳・神経機能モニタリング
 当科では安全な手術、合併症のない手術の遂行を目的に、術中の電気生理学的モニタリングの開発と臨床応用に長年取り組んできました。1990年代は体性感覚誘発電位(SEP)を用いた術中モニタリングを行ってきましたが、1990年代後半からは脳表直接電気刺激による運動誘発電位(MEP)を用いた術中モニタリングを行っています。2003年には脳動脈瘤手術でのMEPに関する論文を発表し、その後の動脈瘤手術におけるMEPモニタリング普及の嚆矢となりました。その後、脳表電気刺激から経頭蓋電気刺激に刺激方法を変更し、緊急手術を含めた脳動脈瘤、脳腫瘍の手術においてほぼ全例で電気生理学的手法を用いた術中モニタリングを施行しています。
 我々の研究の歴史は、以下に挙げた論文の数々をご覧いただければご理解いただけると思いますが、その他に当科の前准教授の佐々木達也、前講師の鈴木恭一が当科専属の主任臨床検査技師である板倉 毅とともに執筆した『超入門 脳神経外科術中モニタリング』として集大成されています。
 最近では眼球運動、顔面神経機能(F-MEP)や三叉神経誘発電位(TEP)、迷走神経機能のモニタリングなど、障害発生が危惧される機能についての術中モニタリングを行うことで、より安全性の高い手術を行っています。

(MEPモニタリングと術後運動麻痺)

(声帯MEPモニタリングと術後嚥下障害)
業績:

Ito E, et al: Motor evoked potential monitoring of the vagus nerve with transcranial electrical stimulation during skull base surgeries. J Neurosurg 118:195-201, 2013

佐久間潤ら:脳腫瘍手術の術中モニタリング-MEPを中心として-.脳神経外科速報22: 678-86, 2012

佐々木達也ら:「超」入門 脳神経外科術中モニタリング.メディカ出版、大阪、2011

Ichikawa T, et al: Utility and the limit of motor evoked potential monitoring for preventing complications in surgery for cerebral arteriovanous malformation. Neurosurgery 67(3 suppl operative):ons222-8, 2010

Sasaki T, et al: Intraoperative monitoring of visual evoked potential: introduction of a clinically useful method. J Neurosurg 112:273-84, 2010
Kikuchi Y, et al: Optic nerve evoked potentials elicited by electrical stimulation. Neurol Med Chir (Tokyo) 45:349-55, 2005

Horiuchi K, et al: Intraoperative monitoring of blood flow insufficiency during surgery of middle cerebral artery aneurysms. J Neurosurg 103:275-83, 2005

Sakuma J, et al: Monitoring and preventing blood flow insufficiency due to clip rotation after the treatment of internal carotid artery aneurysms. J Neurosurg 100:960-2, 2004

Suzuki K, et al: Intraoperative monitoring of blood flow insufficiency in the anterior choroidal artery during aneurysm surgery. J Neurosurg 98:507-14, 2003

Oikawa T, et al: Experimental study of medullary trigeminal evoked potentials: development of a new method of intraoperative monitoring of the medulla oblongata. J Neurosurg 93:68-76, 2000

Sato M, et al: Olfactory evoked potentials: experimental and clinical studies. J Neurosurg 85:1122-6, 1996

3次元CT画像の臨床応用
くも膜下血腫の定量による脳血管攣縮の予知
 CT上、くも膜下血腫が多い症例で脳血管攣縮が高率に発現することが報告されていますが、これまでのくも膜下血腫の評価は定性的であり、定量性に欠けていました。われわれは、3D-CTによりくも膜下血腫の定量を試み、血腫量と脳血管攣縮の発現について検討しています。
 実験的に血腫を作成し、経時的に血腫量を実測し、3D-CT上の血腫量と比較した結果、血腫の実測値と3D-CT上の血腫量は概ね相関しておりました。次に臨床症例について検討し、発症24時間以内に施行したくも膜下出血の症例において、3D-CTをDay 0、1、4、7、14に施行しますと、血腫量は定量可能で、脳血管攣縮を来した症例はいずれの日数でも脳血管攣縮を来さなかった症例に比べ、血腫量が有意に多いという結果でした。3D-CTのvolume dataを用いたくも膜下血腫の定量法は脳血管攣縮の予知ばかりではなく、治療法の選択や頭蓋内線溶療法の効果の客観的評価などに役立つと思われ、今後脳血管攣縮の治療や臨床研究に有用なtoolとなる可能性が示唆されております。
3D-CTによるvolume data(左は上方から、右は後方から)>
業績:
Sato T, et al: Neurol Med Chir (Tokyo) 51: 187-194, 2011
Acta Neurochir Suppl 115: 63-66, 2013
くも膜下出血後の脳血管攣縮の予防
 くも膜下出血後の脳血管攣縮の予防法としてウロキナーゼおよびアスコルビン酸を用いた脳槽潅流療法を開発し、重篤な症状を来し時には死に至る脳血管攣縮の発現率を著しく低下させ、世界的に注目される成績を残しております。
Sasaki T, et al: Stroke, 31, 2000.
Kodama N, et al: Surg Neurol, 53, 2000.