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【論文の解説】妊娠中に母親が食べる油の種類が子の食嗜好に影響する

生体機能研究部門に令和2年3月まで在籍(令和2年4月より広島大学に勤務)していました酒寄信幸博士研究員の論文がコミュニケーションズ・バイオロジーに掲載されました。この論文では妊娠中の母マウスが摂取する油によって、生まれてくる仔マウスの食事スタイル(摂食行動)や脳組織が変化することを報告しています。


一口に油といってもいろいろな種類があります。原材料によって含まれている油の化学物質(脂肪酸)の種類は異なり、ごま油やコーン油にはオメガ6脂肪酸が多く含まれています。また、青魚にはオメガ3脂肪酸が多く含まれています。青魚のオメガ3脂肪酸にはエイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)などがあり、こちらはサプリメントなどが販売されているので知っている方も多いと思います。栄養バランスの観点から、オメガ6脂肪酸とオメガ3脂肪酸の理想的な摂取比は4:1と言われています。ところが、現代の食生活ではオメガ6脂肪酸を多くとり、オメガ3脂肪酸の摂取量が少ないという傾向があります。

 

参考;株式会社J-オイルミルズのホームページ「脂肪酸の種類について」(リンク作成日; 2020.9.4)

 

酒寄博士はこの現代の食生活におけるオメガ脂肪酸の摂取比をもとに飼料(高オメガ6・低オメガ3飼料)を作成し、それを妊娠中の母マウスに摂取させ、生まれてきた仔マウスに生じた行動の変化や脳組織の変化などを調べました。高オメガ6・低オメガ3飼料を摂取した母親から生まれた仔マウス(実験群)は、バランスの良い飼料を摂取した母親から生まれた仔マウス(統制群)に比べて砂糖水を飲む量が増え、油を好んで食べるようになり、その結果として体重が増えやすくなることが分かりました。

これらの嗜好性の変化の原因として、脳の組織に異常がないかを調べました。脳の中でも依存症に関係していると考えられているドーパミン神経細胞に着目し、その細胞数を測定した結果、統制群に比べ実験群のドーパミン神経細胞数は増加していることが分かりました。また含有するドーパミンの量も増加することも分かりました。これらのドーパミン神経細胞に起こる変化により仔マウスが砂糖や油をより求めるようになったのではないかと考えられます。


肥満は個人の問題だけではなく、社会の問題としても認識され、肥満人口の抑制のために多くの研究がなされ、様々な提言がされています。その中で本研究は妊娠中の高オメガ6・低オメガ3食生活が、子供の体や食生活に影響を与える可能性があるという重要な知見をもたらしました。日本では昔から魚が頻繁に食べられており、欧米のような高オメガ6・低オメガ3化は報告されていません。しかし、若年層における食生活の変化、特に魚食離れ、は顕著であり、今後は日本でも食の高オメガ6・低オメガ3化が進む恐れがあります。本研究の結果から、親世代の食生活が子供世代の食生活に影響を与える可能性が明らかとなりました。この研究成果を参考にして食生活の改善を考えてみてはいかがでしょうか。

 

原著;Maternal dietary imbalance between omega-6 and omega-3 fatty acids triggers the offspring’s overeating in mice, Sakayori, N., et al., Communications Biology, 3, 473, 2020