第1章 福島県脳卒中発症登録調査の概要
1.調査の背景と目的
(背景)
福島県立医科大学では福島県からの委託により「福島県県民健康調査(以下、県民健康調査)」を放射線医学県民健康管理センターにて実施している。これまでに、避難区域等を対象として実施した平成20~22年の健康診査データと平成23~24年の健康診査データを紐づけて比較した結果、避難住民においては肥満、糖代謝異常、脂質代謝異常、肝機能異常等の有所見率が有意に増加していた。したがって、今後はがんや循環器疾患などの生活習慣病が増加する可能性が考えられる。そのため、地域住民における生活習慣病の発症動向を明らかにする必要があり、この唯一の方法が「県民健康調査」と突合可能な地域住民全員を対象とした生活習慣病の悉皆登録である。循環器疾患については、福島県ではすでに平成21(2009)年1月より、福島県立医科大学医学部循環器・血液内科学講座(平成25(2013年)当時)を事務局とした急性心筋梗塞発症登録調査が行われているが、脳卒中に関して発症登録調査は行われておらず、県民健康調査とのデータの突合ができない状況である。福島県民は以前より脳卒中死亡率が他の都道府県に比べて高く、今後さらに発症率・死亡率が上昇することが懸念されており、その対策は急務である。
(目的)
本調査の目的は、平成23(2011)年3月11日時点に福島県に住民登録があった者及び在住していた者(約206万人)に加え、震災後、福島県に住民登録をした者及び在住している者を対象として、県内医療機関の脳卒中発症情報を悉皆的に収集、登録することにより、脳卒中発症に対する震災の影響を明らかにし、福島県民の脳卒中予防対策に寄与することである。
2.対象と方法
(1) 対象
(対象調査期間)
平成25(2013)年1月1日~平成25(2013)年12月31日の期間に入院・治療した症例
(対象患者)
DPC※1適用医療機関またはICD-10※2コーディングがされている医療機関において、診療録の傷病名及び副傷病名にICD-10でI60.0~69.8脳血管疾患・G46脳血管疾患における脳の血管(性)症候群が付与されている入院患者及び外来患者を対象とする。ただし、次の疾患は対象から除く。
※1 DPC=Diagnosis Procedure Combination。包括医療費支払制度
※2 疾病および関連保健問題の国際疾病分類(2003年版)
ア CT、MRI等画像所見で出血や梗塞が疑われても脳卒中等の臨床症状が伴わないもの。
イ 外傷、がんの転移等、他の原因によると考えられるもの。
(対象医療機関)
福島県内の医療機関で脳神経外科、脳神経内科などの診療科を有し、入院患者を受け入れている医療機関及び、脳卒中と疑われる急患を受け入れている医療機関。
【県北医療圏】 | 公立大学法人 福島県立医科大学附属病院 |
---|---|
日本赤十字社 福島赤十字病院 | |
一般財団法人大原記念財団 大原綜合病院 | |
一般財団法人大原記念財団 大原医療センター | |
一般社団法人脳神経疾患研究所附属 南東北福島病院 | |
社会医療法人秀公会 あづま脳神経外科病院 | |
公立藤田総合病院 | |
医療法人辰星会 枡記念病院 | |
【県中医療圏】 | 一般財団法人太田綜合病院附属 太田西ノ内病院 |
公益財団法人湯浅報恩会 寿泉堂綜合病院 | |
公益財団法人 星総合病院 | |
一般財団法人脳神経疾患研究所附属 総合南東北病院 | |
医療法人誠励会 ひらた中央病院 | |
【県南医療圏】 | 福島県厚生農業協同組合連合会 白河厚生総合病院 |
医療法人社団恵周会 白河病院 | |
福島県厚生農業協同組合連合会 塙厚生病院 | |
【会津・南会津医療圏】 | 公立大学法人福島県立医科大学会津医療センター附属病院 |
一般財団法人竹田健康財団 竹田綜合病院 | |
一般財団法人温知会 会津中央病院 | |
【相双医療圏】 | 南相馬市立総合病院 |
公立相馬総合病院 | |
【いわき医療圏】 | いわき市立総合磐城共立病院※3 |
公益財団法人ときわ会 常磐病院 | |
公益財団法人磐城済世会 松村総合病院 | |
社団医療法人養生会 かしま病院 | |
社団医療法人呉羽会 呉羽総合病院 | |
医療法人社団正風会 石井脳神経外科・眼科病院※4 |
※3 平成25(2013)年時点の名称
※4 診療録が廃棄されており、採録を実施できなかった医療機関
(発症登録予想数)
これまで山形、滋賀、栃木で行われている脳卒中発症登録数などを参考に、福島県での1年間の脳卒中登録件数を5,500件と予想した。
(2)方法
-
①脳卒中発症情報の収集
福島県立医科大学放射線医学県民健康管理センターでは、福島県から県民健康調査事業の委託を受けており、脳卒中発症登録はその一環として行った。福島県立医科大学から調査対象医療機関(以下、対象医療機関)に対して、脳卒中発症登録に必要な情報提供に関する協力依頼を行った。
出張採録は次の手順で行った。福島県立医科大学放射線医学県民健康管理センター疫学室(以下、疫学室)は、対象医療機関から採録対象リストの提供を受け、これをもとに対象医療機関において診療情報等を閲覧し、脳卒中発症例を福島県脳卒中発症登録票(以下、登録票)に転記した。
脳神経外科以外の入院患者で、脳卒中が主病名でないものや、救急外来のみの受診、入院中発症などで死亡に至った発症情報を補完する必要があることから、福島県立医科大学放射線医学県民健康管理センターが県民健康調査に資する目的で、統計法に基づく死亡小票閲覧の申請を行い、脳卒中を疑わせる病名を含む死亡小票の閲覧と転記を行った。疫学室が対象医療機関において、死亡小票をもとにした情報からも、追加採録を行った。
同一の脳卒中発症で複数の対象医療機関を受診した場合は、初診医療機関で採録された症例を優先した。初診医療機関が対象医療機関外である場合は、初診医療機関から採録対象の医療機関へ提供された診療情報提供書等から採録を行った。
発症から退院までの要約は登録票に転記またはネットワークから分離されたスタンドアロンで動作するノートパソコンにテキスト情報として保存し、暗号化機能を有する外部保存媒体で、疫学室内の脳卒中発症登録でのみ用いるネットワークから分離されたスタンドアロンで動作するデスクトップパソコン(以下、パソコン)へ保存し、登録票についてもパソコンへ入力を行った。
これらの情報をもとにして、以下に示す脳卒中の診断基準により判定を行った。判定は、2名の医師(疫学)が独立して行い、「脳卒中該当(確実)」、「脳卒中(可能性)、「脳卒中(除外)」と判定した。2名の医師の判定が異なる場合は、別の医師(疫学)が判断したものを最終判定とし、「脳卒中該当(確実)」、「脳卒中(可能性)」について脳卒中データベースへ登録した。図1 福島県脳卒中発症登録フロー図 -
②集計
採録した症例は、脳血栓症・脳塞栓症・ラクナ梗塞・その他の脳梗塞を「脳梗塞」、皮質下出血・その他の脳内出血を「脳内出血」として分類したうえで、集計においては「脳梗塞」、「脳内出血」、「くも膜下出血」の病型別とし、これらにその他の脳卒中を加えた全症例を「脳卒中」として集計した。これら病型別に加え、発症履歴(初発・再発)、性別(男性・女性)、年齢階級(10歳刻み)、医療圏(医療機関所在地・登録患者住所※1)、地域(避難区域等12市町村※2,※3・3方部;中通り・会津・浜通り)の別に登録件数を集計した。また、地域別集計については登録件数に加え、年齢調整※4発症率※5と、死亡小票より得られた死亡数※6を基にした年齢調整※4死亡率※7を算出した。
- ※1登録患者住所は原則として平成23(2011)年3月11日時点に住民登録されていた住所とし、その情報が得られなかった者については脳卒中発症時に住民登録されていた住所または居所の住所とした。
- ※2本報告書における避難区域等12市町村とは、平成23(2011)年時に避難区域等に指定された市町村(広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、飯館村、南相馬市、田村市、川俣町)とした。
- ※3避難区域等12市町村における登録件数は、平成23(2011)年3月11日時点または脳卒中発症時に、当該市町村に住民登録があった者または居住していた者による症例を集計対象とした。
- ※4年齢調整は昭和60年モデル人口を基準人口として、福島県現住人口調査による平成25(2013)年7月1日時点の市町村、年齢(5歳階級)別推計人口を用いて直接法により算出した。
-
※5年齢調整に用いる年齢階級別発症率の算出には福島県現住人口調査による平成25(2013)年7月1日時点の市町村、年齢(5歳階級)別推計人口を用いて次式により算出した。
各年齢階級の発症率(人口10万対)=当該年齢階級の登録件数/当該年齢階級の人口×100,000 - ※6平成25(2013)年1月1日~12月31日の間に死亡し、死亡小票の「死亡の原因」の欄の「(ア)直接死因」の欄に脳卒中またはその病型が記載され、かつ住所が福島県内の者について集計した。
-
※7年齢調整に用いる年齢階級別死亡率の算出には福島県現住人口調査による平成25(2013)年7月1日時点の市町村、年齢(5歳階級)別推計人口を用いて次式により算出した。
各年齢階級の死亡率(人口10万対)=当該年齢階級の死亡数/当該年齢階級の人口×100,000
3. 脳卒中の診断基準(WHO MONICA診断基準1,2)に準じた診断基準)
本調査では、欧米及び本邦の脳卒中に関する疫学研究で用いられている世界保健機構(WHO: The World Health Organization)のMONICA (monitoring trends and determinants in cardiovascular disease) project で用いられている診断基準によって脳卒中及びその病型を分類した。
Ⅰ.脳卒中の診断基準
脳卒中とは、急速に進行し24時間以上継続する限局性(またはびまん性)の脳機能障害と定義される。ただし急性死や外科的加療が施された場合、血管系以外に異常が認められた場合はこの限りではない。これにはくも膜下出血や脳内出血、脳内虚血による壊死が含まれる。びまん性の機能障害が疑われる臨床兆候はくも膜下出血か深昏睡の場合に認められる。
脳卒中判定の除外項目、及び判定される臨床兆候は以下の通りである。
【除外項目】
- □ 急性の限局性臨床兆候がなく、CT/MRIでのみ認められた脳病変
- □ TIA(一過性脳虚血発作)
- □ 血液疾患、脳腫瘍、脳転移、外傷による二次性脳卒中
のいずれかの場合は「脳卒中除外」
限局性脳機能障害の兆候(確実)
- □ 片側性または両側性の運動障害(協調運動障害含む)
- □ 片側性または両側性の感覚障害
- □ 失語/言語不明瞭
- □ 構音障害
- □ 同名半盲
- □ 共同偏視
- □ 急性発症の嚥下障害
- □ 急性発症の失行
- □ 急性発症の失調
- □ 急性発症の認知不全
のいずれかに該当し、患者背景情報でも脳卒中が疑われれば「脳卒中(確実)」
限局性脳機能障害の兆候(可能性)
これらの兆候は脳卒中患者にてみられるが、特異的ではないため脳卒中と判定するには不十分である。
- □ 浮動性めまい、回転性めまい
- □ 局所性頭痛
- □ 両側の視力障害
- □ 認知機能障害
- □ 意識障害
- □ 発作症状(けいれん、てんかん等)
のいずれかに該当し、患者背景情報でも脳卒中が疑われれば「脳卒中(可能性)」
上記判定が困難となる臨床経過
- □ 急性死(病理解剖なし)
- □ 脳卒中について不十分な兆候しかみられないものの、脳卒中の診断から完全に除外できない症例(例:病理解剖されない症例、神経疾患や他の疾患の既往歴が明らかでない症例)
- □ 臨床兆候が脳卒中によるものか他の疾患によるものか鑑別が困難な症例
- □ 臨床兆候や検査所見は脳卒中として典型的であるものの、発症後経過時間が不明確な症例
病理解剖によって明らかとなった脳血管病変は、診断分類に反映される。上記判定いずれにも該当しない場合は「脳卒中情報不十分」として「除外」に区分する。
Ⅱ.脳卒中の病型診断基準
「脳卒中(確実)(可能性)」と判定された症例には病型分類が行われる。MONICAによる病型分類にはCT所見、検査結果、剖検所見が用いられる。
くも膜下出血(ICD-10 I60)
(症状)
- □ 突然の重篤な頭痛
- □ 意識消失
- □ 髄膜刺激兆候(項部硬直、Kernig sign、Brudzinski sign)
- □ (限局性神経学的障害は通常認めない)
(検査所見)
- □ 病理解剖:新鮮くも膜下出血と動脈瘤か動静脈奇形を認める。
- □ CT画像:シルビウス溝や前頭葉の間、大脳基底槽、脳室に血液を認める。
- □ 脳脊髄液:血性(赤血球数2000/cm3以上)、かつ血管造影検査:動脈瘤か動静脈奇形を認める。
- □ 脳脊髄液:血性(赤血球数2000/cm3以上)で黄色、かつ剖検やCTにて脳内出血が否定される。
典型的な症状に加え、上記検査所見の少なくとも1つがみられることで判定される。
脳内出血(ICD-10 I61)
(症状)
- □ 通常は活動中の突然発症
- □ 主に急速進行する昏睡(意識障害は微小出血ではみられない場合もある)
(検査所見)
- □ 脳脊髄液:血性か黄色
- □ 病理解剖またはCT画像:出血所見
病理所見かCT所見を確認することで判定される。
※診断(詳細)の際、多発性脳内出血の場合は「皮質下」が含まれる場合は「皮質下」、含まれない場合は「それ以外」と診断される。
中枢側動脈閉塞による脳梗塞(ICD-10 I63)
(症状)
- □ 様々
(検査所見)
- □ 血管造影やエコー、病理解剖:閉塞部位を確認することで判定される。
脳血栓による脳梗塞(ICD-10 I63)
(症状)
- □ 重篤な頭痛は認めない
- □ 発症は急速
- □ 時に就寝中に発症
- □ 神経学的障害は段階的に進行する
- □ 意識障害はまれ
(検査所見)
- □ 病理所見かCT/MRI所見:脳梗塞巣を認める、かつ明らかな塞栓源がない。
- □ CT/MRI所見では明らかな新鮮梗塞巣を認めないものの、脳卒中(確実)の分類基準を満たす。
上記いずれかを確認することで判定される。
臨床経過や梗塞巣の局在、大きさを参考に以下を鑑別する。
「アテローム血栓性脳梗塞」
「ラクナ梗塞」(注)
「BAD(branch atheromatous disease)」
注)ラクナ梗塞の基準、以下の2つの基準を満たす場合ラクナ梗塞と判定
① 梗塞の部位がラクナ梗塞で起こり得る部位であること(大脳基底核、脳幹、視床、内包、大脳白質)
② 梗塞の大きさが1.5cm以下であること
脳塞栓による脳梗塞(ICD-10 I63)
(症状)
- □ 突然発症
- □ 神経学的障害は数分以内に完成する
- □ 発症時の意識障害はまれである
(検査所見)
脳塞栓による脳梗塞の場合、梗塞所見に加えて塞栓源も確認することで判定される。
- □ 心房細動や心房粗動
- □ 心臓弁膜症(人工弁(機械弁))
- □ 新鮮急性心筋梗塞の既往(過去3か月以内)
注意事項
病型別に分類することが困難な症例では、「急性、かつ原因不明の脳血管疾患(ICD code
436)」と判定される。
脳卒中の診断基準は満たすもののCT/MRIで新鮮病変を確認できない場合、おそらく虚血性脳卒中であるとして脳梗塞(code 434)として判定する。
※同時発症(例えば脳梗塞、脳出血)で両方採録した場合は、それぞれの採録票の主病型に応じて判定する。登録不要のケースは、除外とする。
参考文献
-
1)
EUROCISS, population-based register of Stroke, Diagnostic criteria for validation
http://www.cuore.iss.it/eurociss/reg_ictus/pdf/ictus_criteri-diagnostici.pdf
(2019/5/15存在確認) - 2)The World Health Organization MONICA project (monitoring trends and determinants in cardiovascular disease): A major international collaboration, Journal of Clinical Epidemiology, Volume 41, Issue 2, 1988, Pages 105-114
第2章 福島県脳卒中発症登録調査の結果
平成25(2013)年1月1日から平成25(2013)年12月31日までに脳卒中の治療を目的に外来受診または入院した患者について、県内の医療機関で採録した発症登録の集計結果は次のとおりである。(本文及び図の率(%)については小数点以下第2位を四捨五入した値を示した。)
【平成25年の主な状況】
- 〇 26医療機関から総計9,447件の採録を行った。脳卒中診断基準によって、3,992件を除外したため、登録対象は総計5,455件(確実4,627件、可能性828件)であった。
- 〇 脳卒中の病型分類別では、脳梗塞が3,793件(69.5%)、脳内出血が1,277件(23.4%)、くも膜下出血が378件(6.9%)、その他の脳卒中が7件(0.1%)であった。
- 〇 再発者は1,424件で登録件数全体の約1/4(26.1%)を占めた。
- 〇 登録対象のうち、死亡は879件(16.1%)であった。
1.医療機関所在地別登録件数
表1 協力医療機関の所在地により区分した場合の登録件数
医療圏 | 協力医療機関数 | 発症登録件数 | うち死亡件数 |
---|---|---|---|
県北 | 8 | 1510 | 192 |
県中 | 5 | 1362 | 195 |
県南 | 3 | 379 | 43 |
会津・南会津 | 3 | 983 | 216 |
相双 | 2 | 308 | 49 |
いわき | 5 | 913 | 184 |
2.患者住所(震災時住所)地別登録件数
表2 登録された患者の住所により区分した場合の登録件数
医療圏 | 発症登録件数 | うち死亡件数 |
---|---|---|
県北 | 1467 | 178 |
県中 | 1208 | 177 |
県南 | 403 | 52 |
会津・南会津 | 964 | 213 |
相双 | 473 | 75 |
いわき | 816 | 168 |
3.病型別・初発再発別登録件数
1) 脳卒中病型別
脳卒中症例(総計5,455件)を病型別に分類した場合、脳梗塞の登録件数が3,793件(69.5%)と最も多く、次いで脳内出血が1,277件(23.4%)、くも膜下出血が378件(6.9%)、その他の脳卒中が7件(0.1%)の順であった(表3・図2・図3)。
そのうち、初発症例(総計3,932件)に占める病型の割合は、脳梗塞が2,669件(67.9%)、脳内出血が939件(23.9%)、くも膜下出血が318件(8.1%)、その他の脳卒中が6件(0.2%未満)であった(表3・図2・図4)。
再発症例(総計1,424件)に占める病型の割合は、脳梗塞が1,082件(76.0%)、脳内出血が306件(21.5%)、くも膜下出血が35件(2.5%)、その他の脳卒中が1件(0.1%未満)であった(表3・図2・図5)。
※図3から図5の集計は、総計から「その他の脳卒中」を除いた数をもとに行った。各円グラフのNは、集計に用いた件数を示す。
表3 病型別・初発再発別登録件数
全体 | 初発 | 再発 | 不明 | |
---|---|---|---|---|
脳梗塞 | 3793 | 2669 | 1082 | 42 |
脳内出血 | 1277 | 939 | 306 | 32 |
くも膜下出血 | 378 | 318 | 35 | 25 |
その他の脳卒中 | 7 | 6 | 1 | 0 |




2) 脳梗塞病型別
脳梗塞症例(総計3,793件)の内訳は、脳血栓症が1,468件(38.7%)であり最も多く、次いで脳塞栓症1,085件(28.6%)、ラクナ梗塞1,082件(28.5%)、その他の脳梗塞158件(4.2%)の順であった(表4・図6)。
そのうち、初発症例(総計2,669件)に占める病型の割合は、脳血栓症が1,051件(39.4%)、脳塞栓症が729件(27.3%)、ラクナ梗塞が786件(29.4%)、その他の脳梗塞が103件(3.9%)であった(表4・図7)。
また、再発症例(総計1,082件)に占める病型の割合は、脳血栓症では404件(37.3%)、脳塞栓症では339件(31.3%)、ラクナ梗塞では286件(26.4%)、その他の脳梗塞では53件(4.9%)であった(表4・図8)。
表4 病型別・初発再発別登録件数 脳梗塞(内訳)
全体 | 初発 | 再発 | 不明 | |
---|---|---|---|---|
脳血栓症 | 1468 | 1051 | 404 | 13 |
脳塞栓症 | 1085 | 729 | 339 | 17 |
ラクナ梗塞 | 1082 | 786 | 286 | 10 |
その他の脳梗塞 | 158 | 103 | 53 | 2 |
総計 | 3793 | 2669 | 1082 | 42 |



3) 脳内出血病型別
脳内出血症例(総計1,277件)の内訳は、全体では皮質下出血が358件(28.0%)、その他の脳出血が919件(72.0%)であった(表5・図9)。
そのうち、初発症例(総計939件)に占める病型の割合は、皮質下出血が247件(26.3%)、その他の脳出血が692件(73.7%)であった(表5・図10)。
また、再発症例(総計306件)に占める病型の割合は、皮質下出血が98件(32.0%)、その他の脳出血が208件(68.0%)であった(表5・図11)。
表5 病型別・初発再発別登録件数 脳内出血(内訳)
全体 | 初発 | 再発 | 不明 | |
---|---|---|---|---|
皮質下出血 | 358 | 247 | 98 | 13 |
その他の脳内出血 | 919 | 692 | 208 | 19 |
総計 | 1277 | 939 | 306 | 32 |



4.性別・年齢階級別登録件数
1) 性別・年齢階級別登録件数
性別(総計5,455件)の内訳は、男性は2,981件(54.6%)、女性は2,474件(45.4%)で、男性の方が多かった。
年齢階級別では、男性は70歳代が858件(28.8%)、女性は80歳代が991件(40.1%)と最も多かった(図12・13・14)。



2) 病型別・初発再発別・性別・年齢階級別登録件数
(1)脳梗塞
①脳梗塞全体*
初発症例(総計2,669件)の内訳は、男性は1,493件、女性は1,176件であり、男性では70歳代が432件(28.9%)、女性では80歳代が489 件(41.6%)と最も多かった(図15)。
再発症例(総計1,082件)の内訳は、男性は652件、女性は430件であり、男性では80歳代が230件(35.3%)、女性では80歳代が208件(48.4%)と最も多かった(図16)。
*脳血栓症、脳塞栓症、ラクナ梗塞、その他の脳梗塞を合わせたもの


②脳血栓症
初発症例(総計1,051件)の内訳は、男性は620件、女性は431件であり、男性では70歳代が193件(31.1%)、女性では80歳代が169件(39.2%)と最も多かった(図17)。
再発症例(総計404件)の内訳は、男性は256件、女性は148件であり、男性では70歳代が88件(34.4%)、女性では80歳代が74件(50.0%)と最も多かった(図18)。


③脳塞栓症
初発症例(総計729件)の内訳は、男性は387件、女性は342件であり、男女とも80歳代が男性142件(36.7%)、女性166件(48.5%)と最も多かった(図19)。
再発症例(総計339件)の内訳は、男性は181件、女性は158件であり、男女とも80歳代が男性90件(49.7%)、女性84件(53.2%)と最も多かった(図20)。


④ラクナ梗塞
初発症例(総計786件)の内訳は、男性は435件、女性は351件であり、男性では60歳代が134件(30.8%)、女性では80歳代が135件(38.5%)と最も多かった(図21)。
再発症例(総計286件)の内訳は、男性は185件、女性は101件であり、男性では70歳代が69件(37.3%)、女性では80歳代が38件(37.6%)と最も多かった(図22)。


(2)脳内出血
初発症例(総計939件)の内訳は、男性519件、女性420件であり、男性では60歳代が130件(25.0%)、女性では80歳代が149件(35.5%)と最も多かった(図23)。
再発症例(総計306件)の内訳は、男性162件、女性144件であり、男性では70歳代が49件(30.2%)、女性では80歳代が65件(45.1%)と最も多かった(図24)。


(3)くも膜下出血
初発症例(総計318件)の内訳は、男性は91件、女性は227件であり、男性では60歳代が25件(27.5%)、女性では60歳代、70歳代それぞれで64件(28.2%)と最も多かった(図25)。
再発症例(総計35件)の内訳は、男性は5件、女性は30件であった。全体的に報告数が少ないものの、男性は60歳代、女性はそれぞれ70歳代と80歳代が最も多かった(図26)。


【参考】月別・病型別登録件数
ここでは、平成25(2013)年1月1日から平成25(2013)年12月31日までに発症した脳卒中患者のうち、発症月が不明または未記入を除いた5,424件を対象とした。




第3章 福島県脳卒中発症登録調査の結果(東日本大震災の影響)
1. 地域別・病型別登録件数(避難区域等12市町村※、3方部別)
※本報告書における避難区域等12市町村とは、平成23(2011)年時に避難区域等に指定された市町村(広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、飯館村、南相馬市、田村市、川俣町)とした。
※避難区域等12市町村における発症数は、平成23(2011)年3月11日時点または脳卒中発症時に、当該市町村に住民登録があった者または居住していた者による症例を集計対象とした。
1) 避難区域等12市町村
避難区域等12市町村における脳卒中症例(総計479件)の内訳は、脳梗塞348件(72.7%)、脳内出血102件(21.3%)、くも膜下出血29件(6.1%)であった(図31)。

2) 中通り
中通りにおける脳卒中症例(総計3,073件)の内訳は、脳梗塞2,140件(69.6%)、脳内出血718件(23.4%)、くも膜下出血215件(7.0%)であった(図32)。

3) 会津
会津における脳卒中症例(総計963件)の内訳は、脳梗塞662件(68.7%)、脳内出血243件(25.2%)、くも膜下出血58件(6.0%)であった(図33)。

4) 浜通り
浜通りにおける脳卒中症例(総計1,289件)の内訳は、脳梗塞921件(71.5%)、脳内出血279件(21.6%)、くも膜下出血89件(6.9%)であった(図34)。

2. 地域別・病型別年齢調整発症率
※発症率の算出には福島県現住人口調査による平成25(2013)年7月1日時点の市町村、年齢(5歳階級)別推計人口を用いて次式により算出した。
各年齢階級の発症率(人口10万対)=当該年齢階級の登録件数/当該年齢階級の人口×100,000
※年齢調整は昭和60年モデル人口を基準人口として、福島県現住人口調査による平成25(2013)年7月1日時点の市町村、年齢(5歳階級)別推計人口を用いて直接法により4つの地域ごとに算出した。
1) 脳卒中
各地域における人口10万人あたりの年齢調整脳卒中発症率は、避難区域等12市町村が108.3、中通りが119.5、会津が125.9、浜通りが107.7であった(図35)。

2) 脳梗塞
各地域における人口10万人あたりの年齢調整脳梗塞発症率は、避難区域等12市町村が73.8、中通りが77.6、会津が82.5、浜通りが71.5であった(図36)。

3) 脳内出血
各地域における人口10万人あたりの年齢調整脳内出血発症率は、避難区域等12市町村が25.1、中通りが30.9、会津が33.8、浜通りが26.0であった(図37)。

4) くも膜下出血
各地域における人口10万人あたりの年齢調整くも膜下出血発症率は、避難区域等12市町村が9.3、中通りが10.8、会津が9.4、浜通りが10.3であった(図38)。

3. 地域別・病型別年齢調整死亡率
※死亡数は死亡小票を基に、平成25(2013)年1月1日~12月31日の間に死亡し、死亡小票の「死亡の原因」の欄の「(ア)直接死因」の欄に脳卒中またはその病型が記載され、かつ住所が福島県内の者について集計した。
※避難区域等12市町村における死亡数は、死亡時に当該市町村に住民登録があった者による死亡を集計対象とした。
※年齢調整は昭和60年モデル人口を基準人口として、福島県現住人口調査による平成25(2013)年7月1日時点の市町村、年齢(5歳階級)別推計人口を用いて直接法により4つの地域ごとに算出した。
※年齢調整に用いる年齢階級別死亡率の算出には福島県現住人口調査による平成25(2013)年7月1日時点の市町村、年齢(5歳階級)別推計人口を用いて次式により算出した。
各年齢階級の死亡率(人口10万対)=当該年齢階級の死亡数/当該年齢階級の人口×100,000
1) 脳卒中
各地域における人口10万人あたりの年齢調整脳卒中死亡率は、避難区域等12市町村が22.2、中通りが22.1、会津が22.6、浜通りが26.1であった(図39)

2) 脳梗塞
各地域における人口10万人あたりの年齢調整脳梗塞死亡率は、避難区域等12市町村が11.1、中通りが9.0、会津が10.4、浜通りが11.2であった(図40)。

3) 脳内出血
各地域における人口10万人あたりの年齢調整脳内出血死亡率は、避難区域等12市町村が6.2、中通りが8.3、会津が8.1、浜通りが10.0であった(図41)。

4) くも膜下出血
各地域における人口10万人あたりの年齢調整くも膜下出血死亡率は、避難区域等12市町村が4.7、中通りが4.5、会津が3.9、浜通りが4.8であった(図42)。

第4章 まとめと考察
福島県においては、震災後、避難区域住民のみならず福島県全体においてメタボリックシンドロームにあてはまる者の割合が増加し、循環器疾患発症の危険度が高い状態が続いている。そこで、本調査では、福島県内における平成25(2013)年の脳卒中発症登録を県内医療機関の協力のもとに実施した。
県内26医療機関から総計9,447件の採録を行い、WHO
MONICA基準に準じて脳卒中を同定し、総計5,455件(確実4,627件、可能性828件)の登録を行った。脳卒中の病型分類別では、脳梗塞が3,793件(69.5%)、脳内出血が1,277件(23.4%)、くも膜下出血が378件(6.9%)、その他の脳卒中が7件(0.1%)であり、約7割を脳梗塞が占めた。また、再発者は1,424件で登録件数全体の約1/4(26.1%)を占めた。さらに、登録した者のうち死亡は879件(16.1%)であった。脳梗塞の病型は、脳血栓症が1,468件(38.7%)、脳塞栓症が1,085件(28.6%)、ラクナ梗塞が1,082件(28.5%)であった。一方、脳内出血の病型は、皮質下出血が358件(28.0%)、その他の脳出血が919件(72.0%)であった。脳卒中の登録数は男性の方が(2,981件)女性より多く(2,474件)、年齢とともに増加する傾向がみられた。
震災の影響をみるために、避難区域等12市町村、中通り、会津、浜通りの4つの地域別に脳卒中の年齢調整発症率(10万人あたり)を算出した結果、10万人あたりの発症率はそれぞれ、108.3、119.5、125.9、107.7であり、会津、中通り、避難区域等12市町村、浜通りの順で発症率が高かった。この傾向は、脳梗塞、脳内出血においては同様の傾向であったが、くも膜下出血については、中通り、浜通り、会津、避難区域等12市町村の順であった。一方、死亡小票を基に算出した脳卒中の年齢調整死亡率は、浜通り、会津、避難区域等12市町村、中通りの順で高く、発症率と死亡率との間に差異がみられた。この要因の一つとして、今回の調査では浜通りのいわき市内の脳卒中診療の基幹病院の採録が行えなかったことが考えられる。すなわち、浜通りの脳卒中発症率は低く見積もられている可能性がある。
平成25(2013)年の本調査では、避難区域等12市町村における発症率は他の地域と比較して明らかな差はみられなかった。これまでの県民健康調査では、震災後に避難された住民では、肥満、高血圧、糖尿病、脂質異常、メタボリックシンドロームを新たに発症した者の割合が有意に多かった(Ohira
T, et al. Asia-Pacific J Public Health,
2017)。したがって、避難区域住民は今後脳卒中、心筋梗塞等の発症が増加する可能性が懸念されるが、今回の調査は震災2年後の調査であり、まだその影響が出ていないと考えられる。避難区域住民においては震災後に県内各地に避難しているが、本調査では発症登録の結果と震災時の住所を突合させることによって、避難区域住民の発症状況を他の市町村住民と同様に把握することが可能となった。一方、今回の調査は福島県内の医療機関のみを対象としたため、県外に避難して脳卒中を発症した者についての調査は行えていない。すなわち、避難区域等12市町村においては、本来の結果よりも低く見積もられている可能性がある。
以上のように、いくつかの調査の限界はあるものの、本調査は福島県内の脳卒中発症及び震災の影響の現状を把握するための基礎資料として有用と考える。今後同様の調査を実施することにより、震災後の影響を経年的に観察していくことが、震災後の避難区域住民を始めとする福島県住民の健康を管理する上で重要と考える。
資料
資料1 福島県脳卒中発症登録票 表面

資料2 福島県脳卒中発症登録票 裏面

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福島県立医科大学 放射線医学県民健康管理センター
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