公募研究

高橋 真有(東京医科歯科大学)

「経路選択的シナプス遮断法を用いた随意性眼球運動系の神経回路の障害とその再編」

脳は重要な感覚情報である視覚入力を適切に取り込むため、種々の眼球運動サブシステムを使い分けています。目の前に興味のある対象物が現れる時に、急速な眼球運動(サッケード)を、ゆっくり動く視覚対象物を目で追う時に、滑動性眼球運動や輻輳性眼球運動を、静止した視覚対象物を頭部が動く状況下で見る時に前庭動眼反射を用いています。眼球運動は三対の眼筋の収縮・弛緩により発現される3次元(水平、垂直、回旋)運動です(例 前庭動眼反射)。網膜座標系でとらえられた外界の2次元(水平、垂直)の視覚情報が3次元の正確な運動情報に変換されねばならないのですが、サッケードにおいては、網膜上でとらえた物体位置の2次元空間情報(網膜座標系)が、3次元でなく2次元の水平・垂直眼球運動座標系に中枢で変換されています。このサッケードでは回旋成分が含まれない現象は、古くから「Listingの法則」として知られていますが、その神経機構は不明です。

近年、光遺伝学などの技術発展に伴い、神経科学の特に神経回路ネットワークの解析は急速に進展しています。しかしながらあるシステムの機能ネットワークを構成する神経回路の素過程の詳細を解明する際には、素過程の現場を探索し、これに直接アプローチする実験技術が欠かせません。申請者らは、in vivoの高等哺乳動物の細胞内記録による電気生理学実験と単一神経細胞内染色法を用いて、眼球運動制御系の精密な神経回路網の素過程を分析、同定してきました。しかしながら、この同定された回路の機能を解析するには、従来の物理的破壊やムシモルによる化学的機能ブロックしかなく必要以上の部位のブロックを同時に伴ってしまう欠点がありました。最近、この欠点を補うために、脳科学研究戦略推進プログラムで小林和人・伊佐正・渡辺大先生らによってウィルスベクター2重感染法による経路選択的伝達遮断法が新たに開発されました。そこでこの方法を訓練したサルに用いて、神経生理学的・神経解剖学的方法で神経回路を同定したサッケード発現系において、その中の重要な部分を経路選択的に遮断することにより機能障害を生じさせ、特定回路の持つ機能を明らかにしたいと思っています。それによって、眼球運動のセントラルドグマと言われる「Listingの法則」の神経機構を明らかにできれば、これまで経験に頼って行われてきた斜視の手術において、症例ごとにシミュレーションを行い治療方針を理論的に計画し、より効果的な手術が可能となり、斜視の治療に大きな恩恵をもたらすことが期待されます。

 

 
最近の主要論文
1. Takahashi M, Sugiuchi Y and Shinoda Y (2014)  Convergent synaptic inputs from the caudal fastigial nucleus and the superior colliculus onto pontine and pontomedullary reticulospinal neurons.  J Neurophysiol. 111: 849-867.
2. Takahashi M, Sugiuchi Y and Shinoda Y (2010)  Topographic organization of excitatory and inhibitory commissural connections in the superior colliculi and their functional roles in saccade generation.  J Neurophysiol. 104:3146-3167.
3. Takahashi M, Sugiuchi Y and Shinoda Y (2007)  Commissural mirror- symmetric excitation and reciprocal inhibition between the two superior colliculi and their roles in vertical and horizontal eye movements.  J Neurophysiol. 98:2664-2682.

投稿日:2015年12月20日