公募研究

岩里 琢治(国立遺伝学研究所)

「新生仔マウス体性感覚野における回路機能シフトの動態と機構」

哺乳類など高等動物の脳の神経回路は、生まれた段階では大まかで未熟な状態ですが、生後に神経活動(外界からの刺激や脳の中の自発活動)による大規模な再編(機能シフト)を受けることによって成熟し、精緻な神経回路となります。この生後発達期における回路の機能シフトは、高等動物の複雑な行動の基盤となる神経回路を作るための重要な過程ですが、そのダイナミクスや機構については多くの謎が残されています。

げっ歯類の大脳皮質の体性感覚野第4層に存在する「バレル神経回路」は、げっ歯類に特有の鋭敏なヒゲ感覚の基盤となる神経回路です。個々のバレルでは、特定の1本のヒゲの情報を伝える視床皮質軸索(TCA)の終末が1個のクラスターを作り、それを取り囲むように第4層spiny stellate 神経細胞(バレル細胞)の細胞体が配置し、その樹状突起を選択的にバレル内側に伸ばしてTCAとシナプスを作っています。この特徴によって、組織学的および生理学的に厳密な『ヒゲとバレルの1対1の対応』が保証されます。このバレル回路は、生後数日の間にヒゲからの入力の影響を強く受けながら形成されることがよく知られており、発達期の回路機能シフトのモデルとして優れています。

本研究課題では、二光子顕微鏡を用いて、バレル回路発達過程をin vivoタイムラプスイメージングし、その機構の解明へとつなげます。我々は、そのための二つの新しい手法:『単一細胞での高輝度蛍光標識と遺伝子ノックアウトを同時に可能とする手法(Supernovaシステム)』と、『TCAをGFP標識するトランスジェニックマウス』を開発しました。そして、それらを用いて、新生仔期(生後5日目:P5)のマウスの体性感覚野における『正常なバレル形成過程』と『NMDA受容体遺伝子ノックアウトによるバレル形成異常過程』を長時間(18時間)にわたって観察することに、世界で初めて成功しました(Mizuno et al., Neuron 2014)。本研究では、この先導的研究を発展させて、より早い発達段階からの数日間にわたる長期イメージングに挑戦します。さらに、入力を物理的・遺伝学的に操作することによって、分子・細胞機構の理解を目指します。これらの研究により、「視床由来の入力を受けながら神経回路が発達する最初期段階」の大脳皮質の中で何が起きていて、そのときに遺伝子はどのように働いているかを、まったく新しい角度から理解したいと考えています。

 

 
最近の主要論文
1. Iwata, R., Matsukawa, H., Yasuda, K., Mizuno, H., Itohara, S., Iwasato, T. (2015) Developmental RacGAPa 2-chimaerin signaling is a determinant of the morphological features of dendritic spines in adulthood. J. Nerurosci 35: 13728-44.
2. Suzuki, A., Lee, L.J., Hayashi, Y., Muglia, L., Itohara, S., Erzurumlu, R.S., & Iwasato, T. (2015) Thalamic adenylyl cyclase 1 is required for barrel formation in the somatosensory cortex. Neurosci 290: 518-529.
3. Mizuno, H., Luo, W., Tarusawa, E., Saito, Y.M., Sato, T., Yoshimura, Y., Itohara, S., & Iwasato, T. (2014) NMDAR-Regulated Dynamics of Layer 4 Neuronal Dendrites during Thalamocortical Reorganization in Neonates. Neuron 82: 365-379.
4. Iwata, R., Ohi, K., Kobayashi, Y., Masuda, A., Iwama, M., Yasuda, Y., Yamamori, H., Tanaka, M., Hashimoto, R., *Itohara, S. & Iwasato, T. (2014) RacGAP a2 chimaerin function in development adjusts cognitive ability in adulthood. Cell Rep 8: 1257-1264.

投稿日:2015年12月20日