公募研究

宇賀 貴紀(順天堂大学)

「柔軟な判断を可能にする神経回路シフトメカニズムの解明」

状況に応じて瞬時に行動を切り替えるタスクスイッチングは、ヒトも含めた霊長類特有の適応的な認知機能である。我々はこれまで、2つのルールに基づいて判断を切り替えるタスクスイッチ課題(図)をサルに適用し、「判断の切り替え」の神経メカニズムを解明してきた。その結果、迅速な判断の切り替えを行う際、脳は「よく使うルールに則した判断の専用回線を準備し、必要な回線が使われるよう神経回路をダイナミックにシフトさせる」ことを解明した。

このタスクスイッチ課題には少なくとも3つの脳領域の相互作用が重要である。大脳皮質MT野は運動方向、奥行きの感覚情報表現を司り、LIP野は判断を形成するための感覚情報の蓄積を担当し、前頭前野(PFC)はどちらの課題を行うかの制御信号を生成する(図)。これまでの研究から、感覚情報表現を司るMT野の活動自体は、行う課題に依存して変化しないことがわかっている。ただし、MT野ニューロンの出力が行動特異的であることから、課題ごとに感覚ニューロンを2群準備し、ルールに依存して不要な出力を遮断していることが予想される。そのメカニズムは明らかでないが、我々は最近、LIP野ではルールによって、判断を形成するための感覚情報の蓄積スピードが異なることを発見した。すなわち、行っている課題(例えば、運動方向判断)に関連した情報(動きの方向)のみが蓄積される。これは「必要な専用回路へのシフト」の実体が、「判断形成における感覚情報蓄積過程のダイナミックなゲイン制御」であることを示唆する発見である。本研究では、本タスクスイッチ課題で重要と思われる3つの脳領域間の相互作用を解明し、適応的な神経回路シフトの実体を明らかにすることを目標とする。本研究の特徴は、ルールに依存した素早い判断の切り替え(タスクスイッチング)という霊長類に特化した高次な認知機能における脳のダイナミクスを解明する点である。また、本研究は数理モデルとの相性が良く、適応回路シフトのシステム的理解に貢献できるため、その成果は判断に障害のある人の支援にも繋がると期待される。

 

 
最近の主要論文
1. Sasaki R, Uka T (2009) Dynamic readout of behaviorally relevant signals from area MT during task switching. Neuron 62: 147-157.
2. Uka T, Sasaki R, Kumano H (2012) Change in choice-related response modulation in area MT during learning of a depth-discrimination task is consistent with task learning. J Neurosci 32: 13689-13700.
3. Mitani A, Sasaki R, Oizumi M, Uka T (2013) A leaky-integrator model as a control mechanism underlying flexible decision making during task switching. PLoS One 8: e59670.

投稿日:2015年12月20日