公募研究

畠 義郎(鳥取大学)

「弱視とその回復に伴う視覚系神経回路の再編」

視覚遮断による弱視形成は、脳機能と神経回路の経験依存的な発達や再編を研究する強力なモデルである。発達期の哺乳類に片眼視覚遮断を施すと、大脳皮質一次視覚野のニューロンが遮蔽眼への反応性を失うという機能変化に加えて、遮蔽した眼の情報を視床から皮質へ運ぶ入力軸索の退縮や投射領域(眼優位コラム)の縮小などの回路変化が生じることが、ネコや霊長類を用いた研究により明らかとなっている(図)。これらの変化は臨界期と呼ばれる発達の一時期に観察され、成熟動物には見られない。このことが成熟後の弱視回復を妨げる要因となっている。

近年、げっ歯類を用いた弱視研究が急速に進展し、暗所飼育などいくつかの方法による弱視眼視力の回復も報告されているが、その神経回路メカニズムは不明である。また、ヒトやサル、ネコなど高等哺乳類では、弱視が上記のような大規模な神経回路再編を伴うのに対して、げっ歯類では回路再編は顕著ではない。したがって、ヒトの弱視やその回復の理解には、高等哺乳類での神経回路レベルでのメカニズムを明らかにする必要がある。

そこで本課題では、ネコを用いて暗所飼育による弱視回復効果を検討する。発達期に片眼遮蔽を施した弱視ネコを、成熟後に暗所飼育を行なった後に両眼視環境で飼育し、これを弱視回復モデルとする。このモデルについて、皮質単一ニューロン活動の記録や視覚誘発電位、皮質の内因性信号の光学計測により眼優位性を評価し、一次視覚野が弱視眼への反応性を回復するかを検証する。さらに視床からの入力軸索の形態とその上のシナプス分布の評価、Transneuronal labeling法による眼優位コラムの評価により、シナプス-軸索-コラム構造と多階層で神経回路レベルでの回復を調べる。以上の多面的な検討により、暗所飼育による弱視回復について、それが皮質機能と神経回路の完全な回復であるのか、あるいは限界があるのかを明らかにしたい。

本研究により弱視回復の神経回路レベルでの理解が大きく進み、将来の臨床応用の基盤的知見を提供できると期待できる。さらに、暗所飼育により成熟後の大脳皮質神経回路の再編を誘導できるならば、弱視治療への応用だけではなく、脳の他領域の発達障害や老年期障害など可塑性不全が原因と考えられる疾患の理解や治療への一助となる。

 

 
最近の主要論文
1. Ohmura N, Kawasaki K, Satoh T, Hata Y (2015) In vivo electroporation to physiologically identified deep brain regions in postnatal mammals. Brain Struct and Funct 220:1307-1316.
Morishima Y, Toigawa M, Ohmura N, Yoneda T, Tagane Y, Hata Y (2013) Critical period ofexperience-driven axon retraction in the pharmacologically inhibited visual cortex. Cerebral
Cortex 23:2423-2428.
2. Yoneda T, Kameyama K, Esumi K, Daimyo Y, Watanabe M, Hata Y. (2013) Developmental and visual input-dependent regulation of the CB1 cannabinoid receptor in the mouse visual cortex. PLoS ONE 8(1), e53082.
3. Haruta M, Hata Y (2007) Experience-driven axon retraction without binocular imbalance in developing visual cortex. Curr Biol 17:37-42.

投稿日:2015年12月20日