公募研究

藤田 一郎(大阪大学)

「両眼立体視における腹側経路・背側経路の適応的機能制御」

私たちは、空間的に3次元の世界に生きており、周りの世界を、縦・横に加えて奥行きのあるものとして感じます。この知覚能力は両眼立体視と呼ばれます。これが可能なのは、脳が、左右網膜における外界投影像に生じる小さな位置ずれ(両眼視差)を検出し、それを奥行きへと変換するからです。両眼視差の最初の検出は、一次視覚野において、個々の神経細胞の左右眼受容野へ投影される像の間の相互相関を計算することで実現されます(相関計算)。この計算は繰り返しのあるパターン(例:葉の繁る木)では偽の両眼視差をも検出してしまいますが、そのような偽の両眼視差に惑わされることなく、私たちは世界の奥行き構造をただ一つ知覚します。このためには、偽の両眼視差に反応する神経活動を排除しなくてはなりません(対応計算)。

こうして得られた対応計算の結果のみが奥行き知覚に直接貢献すると考えられてきましたが、私たちの研究グループは、2008年に、対応計算の結果だけでなく、相関計算の結果も知覚に反映されることを見出しました。「両眼立体視においては、相関計算と対応計算の2つの計算アルゴリズムが働き、奥行き知覚は両者の出力の重み付け加算によって決まる。それぞれの相対的貢献度は視覚刺激の条件により適応的に制御される」ことが明らかになりつつあります。

本プロジェクトでは、サルにおける電気生理学実験と2光子イメージング、サル・ヒトにおける心理学的実験、ヒトにおける核磁気共鳴撮影(fMRI)法を通して、この適応制御の神経機構の実体解明を目指します。現段階での予備結果によれば、背側(頭頂葉)経路の中段であるMT野が相関計算からの奥行き知覚に関与し、腹側(側頭葉)経路の中段であるV4野が対応計算に基づく奥行き知覚に関与します。これら領域の出力の統合が視覚状況に応じて適応的になされることで、奥行き知覚が決定されると予想されています。外界環境からの感覚情報の統計的性質が変化した時に脳が行う神経回路の適応的機能シフトの一例として、両眼立体視の神経機構の解明に挑みます。

 


図 相関計算と対応計算の重み付け加算モデル 

 
最近の主要論文
1. Fujita I, Doi T (2016) Weighted parallel contributions of binocular correlation and match signals to conscious perception of depth. Phil Trans B in press.
2. Abdolrahmani M, Doi T, Shiozaki HM, Fujita I (2015) Pooled, but not single-neuron, responses in macaque V4 represent a solution to the stereo correspondence problem. J Neurophysiol doi: 10.1152/jn.00487.2015.
3. Tanaka S, Fujita I (2015) Computation of object size in visual cortical area V4 as a neural basis for size constancy. J Neurosci 35: 12033-12046.
4. Doi T, Fujita I (2014) Cross-matching: A modified cross-correlation underlying threshold energy model and match-based depth perception. Front Comput Neurosci 8: 127, 1-15.
5. Ikezoe K, Mori Y, Kitamura K, Tamura H, Fujita I (2013) Relationship between the local structure of orientation map and the strength of orientation tuning of neurons in monkey V1: a 2-photon calcium imaging study. J Neurosci 33: 16818-16827.

投稿日:2015年12月20日